株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

鈴木隆雄

登録日:
2022-01-13
最終更新日:
2022-12-22
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  • 「プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)から学んだこと」

    世界のニュースでは、欧米等の先進国に難民や不法入国者が連日のように押し寄せるのをよく見る。残念ながら、これらの人々は本国でまともな生活ができないから流れていくのだ。

    プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)とプライマリ・ケアは混同しがちだが、PHCは世界保健機関(WHO)と国連児童基金(UNICEF)が「人が安心して健康に生活できるための必要条件」を示したもの。条件の数だけで言うと医療関係が多いが、実際にはまず水・食料、安心して過ごせる住居が必要。次いで医療関係だが、貧困から抜け出すために医療より教育が大事なことも多い。

    そのPHC活動でアフガニスタン全土、27診療所の統括マネジャーをしたことがある。ニューヨークの9.11が起こる2年前でタリバン政権のアフガニスタンは世界から忘れ去られ、国連も援助団体もまったく資金が集まらなかった時代。そんな中、次年度の予算作成の時期がきた。活動資金のドナーに説明するための予算だ。前年度と似た予算案を提出しようとしたら、大口の北欧ドナーから、いつまでたっても予算額が減らない、そろそろ10年かけて診療所が経済的に自立できる計画を示してもらいたいと。さらには私の所属する団体ボスも同意見。アヘン以外の大きな収入もない国でどうやって医療費を国民が払える経済となるのか。でも追い込まれ、10年で医療収入の増収による自立プランを示したら、今までこんないい計画を見たことがないと喜ばれてしまった。9.11が起こらなかったら、私の後任は今頃、どのような予算を作成していたのだろう。

    株をする人は会社を評価するとき、社長を見る。ぼろ会社でも社長がよければ投資対象とする。将来、会社は再生し株価が上がるからだ。逆もしかり。そこで世界の国を会社にたとえるとほとんどがぼろ会社で社長もダメ、どうしようもない。そんな会社の事業を援助してもうまくいくはずがない。株の世界なら、ぼろ会社を買い取り社長を代え、事業を再生するファンドが存在する。でも国となると部外者が社長を代えるのは容易ではない。

    そんなことを考えているとき、思った人がある。アフガニスタンで銃弾に倒れた中村哲医師である。最初に会ったのは、ペシャワールでまだ彼がハンセン病の診療所を運営していた頃。その後も時に彼を訪れ、最後に会ったときは「今は医者でなく土木作業員ですよ」と。日本でも報道された運河建設でブルドーザーを運転していた頃だ。ゆっくりたばこをくゆらせ、やさしい笑顔をしていたのを思い出す。すごいなあ、これこそPHCの王道だが僕にはその勇気はないなあ、と思った。

    ぼろ会社にたとえられる国の問題は、その政治形態が民主主義かどうかではなく、資源国ですら民衆が生きていけない経済状態にある。状況がひどいため、国連やNGOはまずは差し迫った援助ということで、その国の事業、すなわち食料や医療をそのまま支えようとするが、結局いくら援助を続けても事業が自立することはない。今後の国連、NGOの役目は中村医師がしたように、ダメ社長のぼろ会社の環境でも、庶民がなんとかまともに生きられる事業を立ち上げること。援助する側にこそ発想の転換が必要と思う。中村哲医師のご冥福をお祈りします。

    鈴木隆雄(Emergency Medical Center(イラク・アルビール)シニア・メディカル・アドバイザー)[中村哲医師]

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