株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

児島悠史

登録日:
2025-07-24
最終更新日:
2025-07-29

「近年の酷暑と薬の保管〜『室温』の定義」

2025年も最高気温が36℃を超えるような暑い夏が続いていますが、こうした酷暑は保管されている医薬品の品質にも少なからず影響を及ぼします。というのも、薬の多くは「室温」で保管されることを想定してつくられていますが、この「室温」とは、日本薬局方で規定されている1〜30℃の範囲という意味であって、自然の気温変化に任せた部屋の温度ではないからです。つまり、夜になっても30℃を下回らないような近年の日本の夏は、「室温」の定義から長時間に渡って外れ続けることが十分に起こりうる、ということです。

たとえば、インスリン製剤やGLP-1受容体作動薬のような蛋白質主体の薬は、こうした高温による影響を受けやすいことで知られていますが、開封済・使用中の薬は、結露によるデバイスの故障を防ぐ等の理由から「室温」で保管するのが一般的です。しかし、32℃で28日間保管されていたインスリン製剤では効力が14%程度低下する1)、38℃で3時間保管された懸濁性製剤では濁度が明らかに変化する2)といった報告もあり、患者さんの生活環境によっては、部屋で無防備な保管を続けることにはリスクがあるかもしれません。

こういった場合、夏場だけは一時的に冷蔵庫(冷風が直接当たらない扉側)での保管を検討したり、あるいは高温に比較的強い製剤(例:ランタス®3)、開封済・使用中であっても冷蔵庫保管ができる製剤(例:フィアスプ®)などに切り替えたり、といった対策を考えたほうが無難です。

また、薬局で薬を受け取ったあと“家に帰るまで”のタイミングにも注意が必要です。外気温が36℃に近い状況では、自動車の内部は1時間で50℃を超えるような高温に達することもあります4)。こうした極端な高温にさらされると、ゼラチン由来のカプセル剤が変形する、「膠飴(コウイ)=水飴」を含む漢方薬がベタベタになるといったように、内服薬の品質にも問題が生じる可能性があります。薬を自動車内に放置したまま買い物をする、といったことをしないよう、口頭でも注意喚起をしていく必要があります。

近年の夏は、ヒトだけでなく医薬品にとっても“酷暑”と言える環境です。薬を安全かつ効果的に使ってもらうためにも、保管方法にはこれまで以上の注意が求められます。

【文献】

1) Vimalavathini R, et al:Indian J Med Res. 2009;130(2):166-9.

2) 朝倉俊成, 他:糖尿病. 2009;52(12):977-81.

3) Kongmalai T, et al:BMJ Open Diabetes Res Care. 2022;10(6):e003105.

4) 影山美穂, 他:Progress in Medicine. 2009;29(4):1125-8.

児島悠史(薬剤師/Fizz-DI代表)[薬剤師][医薬品

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