唐突ですが、いわゆる労働事件の分野における重要な判例のひとつに、「山梨県民信用組合事件」(最高裁平成28年2月19日判決)というものがあります。
使用者が就業規則に定める重要な労働条件を変更する際に、「労働者の同意」が必要な場面があります。この場合の「同意」は、単に同意書への署名や押印などの行為があっただけでは足りず、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容・程度、同意に至った経緯や態様、事前の情報提供や説明の内容等を総合的に考慮し、「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」という観点から慎重に判断すべきであるとしたものです。
この判例の判断の背景には、どのような人でも、状況や場面によっては、本当の自分の意思・考えを表出できない場合がある、というモノの見方があるのだと思います。力関係で優位な相手方から意見を押しつけられたときが典型的です。判断の前提となる事情・情報が圧倒的に少ないとき、あるいはよくわかっていないようなときもそうです。自分の意見は別にあるけれど、自分を心配してくれている家族の意見が強くて逆らえないということもあるかもしれません。
他人との関わりの中で自分の意見をありのままに表出するということは、なかなか難しいものです。前述の判例は、そのような考え方を意識したもののように思えて、興味深く感じています。そして、これは最高裁の判断ですから強力な規範性を有しており、実務にも大きな影響を与えています。
「Aすら且つB、いわんやCをや」とは有名な漢文の構文ですが、まさに「労働条件の変更(すら且つ)自由な意思が大切、(いわんや)DNARの判断(をや)」、です。
自分の終末期にどのような治療を受けるか、どのような最期を迎えるかというのは、きわめて重要な事項です。これ以上に「自由な意思に基づいてなされるべき」ものはないといっても過言ではありません。
私は、患者さんとDNARの話をするとき、「あなたの意見は、今日の判断として聞かせてもらいます。明日でも、明後日でも、意見が変わったら、いつでもお伝え下さい。もちろん、1時間後に意見が変わっても大丈夫です。意見を撤回したくなったり、変えたくなったときはいつでもお伝え下さい」と話すようにしています。
横で聞いている研修医の先生や看護師さんから怪訝な顔をされることもあります。でも、これくらい執拗にお伝えするくらいでちょうどよいと考えています。患者さんに撤回可能性があることをしっかり理解してもらうことは、それくらい大切なことです。
みなさんは、患者さんに自由な意思決定をしてもらうために、日々どのような点を大切にされているでしょうか。
浅川敬太(梅田総合法律事務所弁護士、医師)[DNAR][意思決定][同意]