岡 檀氏は、「自殺稀少地域」の研究で知られる第一人者である。著書『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』では、徳島県旧海部町(現在の海陽町の一部)を「自殺稀少地域」として調査・研究した。岡氏が定義する「自殺稀少地域」とは、1973〜2002年までの全国3318市区町村(平成の大合併前)の自殺統計データ(標準化死亡比)を分析し、自殺率が統計的に有意に低い地域のことである。
自殺に関する研究の多くは、自殺の原因を明らかにしようとする。他方、岡氏は「自殺が少ない地域には、何か特別な要因があるはずだ」と考えた。実際の研究は簡単ではない。なぜなら、「まだ起こっていないこと」を明らかにするのは難しいからだ。岡氏は2008年から旧海部町で4年間調査を行い、2012年にいくつかの仮説を立てた。
研究の中で、岡氏は「多様性」「人物本位」「自己肯定感・有能感」「適切な援助希求行動(『病』は市に出せ)」「ゆるやかな紐帯(きつすぎない人間関係)」などの特徴を挙げる。詳しく知りたい方は、ぜひ書籍などを参考にしてほしい。
自殺の原因を明らかにして対策を考えることと、自殺予防因子を見つけてそれを実現していくことは、自殺対策の両輪だ。岡氏は、そのうちのひとつの道を切り開いたと言える。
筆者はこの研究結果を知り、2012年から「自殺稀少地域」として紹介されている市区町村を訪ねる旅を始めた。現地で風土や人間関係を観察し、時には「自殺で亡くなる人が少ないと聞きましたが、なぜだと思いますか?」と直接尋ねることもあった。
こうして13年にわたって旅を続ける中で、いくつかのキーワードが見えてきた。その1つが「息を吐くように会話する」だ。筆者は現地の人々の行動を観察し、観察者として名前をつけ、地元の人が納得する言葉を選ぶ。
旧海部町出身の友人は都会で暮らしている。筆者によく悩み事を相談してくるが、筆者にとってその相談は負担ではない。なぜなら、友人はその悩みを筆者だけでなく、既に何人もの人に話しているからだ。筆者に相談が来る頃には、「今聞いた話は、あなたの目線からどう見える?」という問いかけになる。友人は意見をそのまま受け取ることはないので、気楽に自分の考えを話すことができる。
友人は精神科の訪問看護の仕事をしており、利用者から「これは病気ですか?」と尋ねられることがよくある。友人は返答に迷うと、相談してきた。筆者は、「海部だったら?」と聞くと、友人は「病気ちゃう?」と答え、相手も「やっぱりそうか、病院に行こう」と軽く言うだろうとのこと。
自分のことさえわからないのに、他人のことがわかるはずがない。だからこそ、たくさん会話をするし、会話の内容も真に受け過ぎない。他にも様々な経験値を聞いた。「自殺稀少地域」に生きることへのヒントがあると感じている。
森川すいめい(NPO法人TENOHASI理事)[自殺稀少地域]
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