株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

安藤明美

登録日:
2025-01-17
最終更新日:
2025-04-30
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  • 「医療者と化学物質」

    医療機関では薬剤、消毒薬、検査試薬など様々な化学物質が日常的に使われている。ところが、「身近な日常空間に当たり前のように存在している化学物質から成る製品によって健康障害が起こりうる」という認識を持っている医療者がどのくらいいるだろうか。そして、それを適切に診療するという意識を持った医師がどのくらい存在するだろうか。

    厚生労働省が公開している職場の安全サイトでは、化学物質による災害事例が紹介されている。それによると、医療機関では、医療用器具等の滅菌処理に使用されるエチレンオキシドに起因した健康障害が複数報告されている。医療用器具の滅菌器具は、規模にかかわらず多くの医療機関に設置され、産業医の選任義務のない従業員50人未満の医療機関で労働災害の発生が後を絶たない。

    化学物質による健康障害の歴史は古い。紀元前370年頃にヒポクラテスによる、金属精錬に関わる奴隷の鉛による腹痛に関する記録が、最初の業務に関連した化学物質障害とされる。日本では、752年に奈良東大寺の大仏のメッキ作業によって、水銀中毒が発生したとされている。業務との関連性は不明だが、近年ではマイクロプラスチックによる健康障害が注目を集めている。

    文明の発展の影には化学物質による健康障害があり、人類は化学物質との関わりを模索し続けてきた。近代日本でも、化学物質による健康障害を予防するために様々な法規制が講じられてきた。しかし、増え続ける化学物質による健康障害を防ぐには、法令準拠だけでは十分とはいえず、自律的な管理へと時代は変化している。

    2016年6月に労働安全衛生法が改正され、安全データシート(safety data sheet:SDS)交付義務の対象となる物質について、事業場におけるリスクアセスメントが義務づけられた。さらに2023年4月の労働安全衛生法の改正では、事業場規模にかかわらず対象となる化学物質の製造・取扱いを行うすべての事業場に対し、リスクアセスメントを含む「自立的管理」を行うことが義務化された。これは、医療機関も例外ではない。

    この変化に敏感な医療者は少ないかもしれないが、前述の通り、医療機関には多くの化学物質が存在する。医療機関で使用される代表的な化学物質であるエチレンオキシドを使用する際には、特定化学物質等作業主任者を選任し、適切な管理が求められる。さらに化学物質のばく露の程度に応じたリスクアセスメント対象物健康診断の必要性を判断し、必要と考えられる場合には、従業員に健診を実施する必要がある。また、緊急時対応の教育も、従業員および患者の安全を守るためには不可欠だ。

    有害な化学物質は、獰猛な野生動物とは異なり、人の五感で危険を察知することができないままに日常生活に巧みにかつ確実に浸透していることも多い。人の健康に責任を持つ医療者にも、化学物質への意識を高めていくことが求められている。

    安藤明美(安藤労働衛生コンサルタント事務所、東京大学医学系研究科医学教育国際研究センター医学教育国際協力学)[産業保健化学物質健康障害

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