研修医2年目、初めて大きな壇上で発表した日の高揚感を、今も鮮明に覚えています。会場のざわめきや質疑応答の緊張感は、自分を未知へ誘う力でした。しかし近年、学術集会の風景は、その熱を置き忘れたように見えます。
学会組織が担う教育、ガイドライン策定、政策提言、医師の権益確保等の役割は揺るぎませんが、「対面での学術集会」の意義は問われています。かつては新知見を披露し、場の熱気で研究方向や治療方法を磨く機会になっていましたが、近年は「開催すること」が目的化し、演題は似通い、質疑は形式的で、学びの実感が希薄になりがちです。移動や宿泊、準備の負担を負う若手医師が現地参加を躊躇し、広い会場に空席が目立つのも頷けます。
さらに、COVID-19禍でのオンライン配信により、「人と会わずに学ぶ文化」が定着しました。生成AIによるエビデンス検索、要約や治療アルゴリズムの提案機能は日進月歩で進化しています。数秒で最適候補が手に入る時代に、従来型の口頭発表の価値は相対的に低下しました。
それでも、あの高揚感を忘れてはならないと筆者は思います。対面ならではの「生の物語」は、AIがいくら情報を整理しても再現できない価値です。失敗例に共鳴して次の問いが生まれ、偶然知り合った医師や研究者との雑談からアイデアが生まれ、互いの表情や息づかいを感じながら研ぎ澄まされる議論。これらは、データやスライドだけでは伝わらない“場の持つ力”です。
では、AI時代に向けて、私たちは学術集会をどう再設計すべきでしょうか。まず、“対面”の価値を明確化する必要があります。単なる情報伝達ではなく、「共感と共鳴」を促す場に磨きをかけるべきです。症例報告や研究成果の発表は、要旨を事前にAI要約で共有し、当日はフィッシュボウル形式やラウンドテーブルで深掘り、議論に集中する。参加者同士の対話時間を意図的に組むことで、偶発的出会いから化学反応を起こす仕掛けをつくる。若手が先輩と語り合い、実地で学ぶワークショップやハンズオンは、AIには代替できない実践的学びを提供するでしょう。
また、オンラインとオフラインを融合させたハイブリッド運営も理論的にはよいと思います。事前配信で討論ポイントを皆で把握し、現地では議論に集中し、後日の振り返りもオンラインで可能という方式です。予習・本番・復習というこの形式は、優等生には素晴らしい企画になると思います。面倒くさがり屋の筆者はちょっと遠慮したいのですが(笑)。
学術集会を「過去の遺産」として静かに葬り去るのか、新たなフォーマットを模索して「未来への灯火」とするのか。選択は私たち医師と、研究者一人ひとりの胸に残る火種にかかっています。この黄昏の中で学術集会の炎を絶やさず、あの初めての壇上で感じた震えるほどの高揚を、むしろ鮮やかに燃え上がらせてくれるようになることを、次世代に期待したいと思います。
渡部欣忍(帝京大学医学部整形外科学講座教授、帝京大学医学部附属病院外傷センター長)[AI時代][学術集会]