本連載第1回(No.5262)より、臨床宗教師によるスピリチュアルケアについて執筆してきた。ここまでお読み頂いた、読者の皆さまに感謝を申し上げたい。本稿では、臨床宗教師によるケアの実際をふまえて、宗教文化が患者におよぼす意義を『継続する絆』という視点から検討する1)。
末期の病名告知を受け、1人暮らしで在宅ケアを受けるCさん(50歳代、女性)。身寄りがなく、社会との接点は医療・介護スタッフのみ。主治医が医療関係者以外とも話したほうがよいと考え、臨床宗教師が関わる。訪問を引き受けたものの、Cさんは気分が乗らない様子。しかし、臨床宗教師の坊主頭を見て訥々と話しはじめる。
C「そういえば、お坊さんですか?」
臨「はい、一応……(特定の宗教・宗派を押し出すわけにはいかず、歯切れが悪い返答)」
C「うちに仏壇があったけど、処分したんです」
仏壇があっても、「無宗教」を自認する人は少なくない。Cさんもその1人だが、仏壇にまつわるエピソードを語りはじめる。Cさんには、兄と弟がおり、両親は他界していた。実家は長男が継ぐはずだったが、相続で揉めて売却されたと言う。そのときに仏壇も処分することになったのだ。
C「でも、お位牌はあるんです。その引き出し。やっぱり祀ったほうがよいんでしょう?」
中には、風呂敷で包んだ小さな位牌。檀家さんであれば、祀り方を伝えたかもしれないが、とっさに次のように返答する。
臨「ご両親のお位牌、大事にされているんですね」
小さな部屋での1人暮らし、無駄な物はほとんど置かれていない。その中に位牌が残されていたからだ。Cさんは、しばらく沈黙し、そこに至った経緯や兄弟関係について語りはじめる。そして、「位牌を祀らない」理由を口にする。
C「いい年して1人暮らし。兄弟ともうまくいかず、人の世話になってばかり……。両親が怒ってるんじゃないかって。だから、お位牌をお祀りできなかった」
臨「そうでしたか……だけど、お位牌を大切にしまっていた。その、ご両親を思う気持ちが伝わったらいいですね」
Cさんは、涙を浮かべながら両親への思いを語り、「死んだら、また会いたい」と言う。やがて自身の死生観や最期の過ごし方についても話され、対話は終了する。
こうした語りは、何気なく口にした「仏壇」や「位牌」から引き出されたものである。宗教者が関わることで、患者(無宗教であっても)が、死者との関係性を語り、再構築しようとする例は少なくない。これは、米国の宗教心理学者、デニス・クラスが『継続する絆(continuing bonds)』という観点で説明している。故人との関係を適切に構築することが、生者のグリーフケアの助けになるというものだ。
患者や家族の自発的な語りを促し、死者との関係性の再構築を支援するためには、医療従事者だけでなく、宗教者がチームに関わることも重要である。「死者へのケア」を通して「生者のケア」を行う。臨床宗教師がチームに入ることで、宗教文化を活かしたケアの可能性が拓け得るのだ。
【文献】
1) 井川裕覚:スピリチュアルケア研究. 2020;4:31-43.
井川裕覚(淑徳大学アジア国際社会福祉研究所主任研究員)[臨床宗教師][スピリチュアルケア]
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