No.5289 (2025年09月06日発行) P.60
藤田哲朗 (医療法人社団藤聖会理事、富山西総合病院事務長)
登録日: 2025-08-14
最終更新日: 2025-08-13
『子どもの夏休み期間中は、出勤できません』
毎年この時期になると、シフトを管理している部門長にこうした相談が寄せられます。子育て中のスタッフ、特に時短勤務やパート勤務の場合は、普段は地域の学童保育を利用していない場合が多く、学校の長期休暇は「子どもの預け先問題」が発生しがちです。多くの医療機関がそうであるように、当院も決してスタッフが潤沢なわけではありませんので、こうした声にどう応えるべきか、頭を悩ませていました。
この問題の根底には、社会構造の変化があります。当院のある富山市のような地方都市でも、三世代同居が当たり前だった時代は遠い過去。祖父母世代は60歳代、70歳代でも働き続けるのがめずらしくなく、家庭で子育てを支える“手”は減ってきています。24時間365日稼働し続けなければならない病院という事業の特性と、核家族での子育てとの両立には課題が多くなっているんだろうと思います。
この10年ほどの間、当院は看護師を中心に新卒採用に力を入れてきました。結果として、20〜30歳代の若手スタッフが組織の中核を担うようになり、結婚や出産といった大きなライフイベントを在職中に迎えます。当院でも夜勤や土日勤務を理由に、優秀な人材が退職したり、パートへの雇用区分変更を希望したりするといったケースは少なくありません。これを「子育ては家庭の問題」と突き放してしまうことは、スタッフのキャリア形成の機会を奪い、ひいては組織の活力を削ぐことに他なりません。
冒頭の話題に戻りますが、当院では、この夏、ひとつの試みとして夏休み期間限定の「病院内学童保育」を開設しました。運営は事務系スタッフが持ち回りで行い、午前は宿題や読書に取り組む勉強時間とレクリエーション、そして午後には職場見学の時間を設けました。子どもたちにとって、自分の親がどのような環境で、どんな顔をして働いているのかを知る機会は滅多にありません。この経験が、親の仕事への理解を深めるきっかけになればよいと考えています。
ワーク・ライフ・バランスというと、ややすれば「ワーク」に制限をかけ、「ライフ」の時間を優先するという議論になりがちです。これは、今まで社会が「ワーク」中心のスタイルを労働者に求め続けてきた反動なので致し方ない面もあります。しかし、生産年齢人口が減少し続ける日本において、病院のような労働集約型の産業が「ワーク」を抑制し続けていくとどこかで限界がくるように思います。むしろ、スタッフが安心して「ワーク」に集中できるよう、組織が「ライフ」の部分を直接・間接的に支援していく、ということが求められるのではないでしょうか。
スタッフのキャリア形成と生活を支援しつつ、持続可能な医療提供体制を構築する。スタッフと病院との関係も新たなスタイルを構築していかなければならない時期に来ているように感じます。
藤田哲朗(医療法人社団藤聖会理事、富山西総合病院事務長)[病院経営][キャリア形成][ワーク・ライフ・バランス]