研究や開発の進歩のためにジェンダーの視点がどれほど重要であるか、考えたことはあるだろうか。
近年、ジェンダード・イノベーション(GI)という概念が注目を集めている。GIは2005年にスタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱したもので、科学技術や研究のあらゆる段階で、生物学的・社会的性差の視点を取り入れることにより、成果の卓越性と質の向上をめざしている。
特に外科領域においては、手術機器が主に西洋人男性の体格やニーズを基準に設計されてきたことが指摘されている。多くの器機は単一規格で提供され、手が小さく、握力の弱い外科医にとっては使いづらいことが多い。また、女性外科医は男性に比べて、指の痛み・しびれ・肩の痛みなどといった労働関連筋骨格障害の発症率が高いことがわかっている。
こうした課題を解決するために、我々は2011年に「外科医の手プロジェクト」を立ち上げた。本プロジェクトでは、手術機器の中でも性別や人種間の体格差が特に大きな影響をおよぼすと考えられる自動吻合器に着目し、器機評価を実施した。その結果、機器に対する満足度は女性で低く、操作上の問題点は、男性によれば器械の挿入、アンビルと合体する際の本体の向きの調整など多岐にわたる。一方で、女性の指摘はファイヤーに集中していた1)。
さらに、自動吻合器のファイヤーに必要な操作力と外科医の手長および握力の関係を検証した結果、日本人女性外科医のように手が小さく・握力が弱い場合、片手でのファイヤーが困難であることが証明された2)。
これらの研究成果を企業と共有し、器機の改良につなげた。女性・アジア人という視点が入ることで、ボタン操作でファイヤーが可能な電動式自動吻合器という新たな技術革新が創出された。電動式自動吻合器の導入は、外科医と患者の双方に恩恵をもたらした。女性に限らず、手が小さく握力が弱い男性、加齢よる筋力低下がある外科医も容易に操作ができるようになった。また、2024年に発表されたメタ解析では、左側結腸切除後の結腸・直腸吻合に電動式吻合器を使用することで、縫合不全と吻合部出血のリスクを低減することが示された3)。
日本では、2020年度に閣議決定された「第5次男女共同参画基本計画」および、2021年度に閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」の中にGIの推進が明記され、研究インフラの整備が始まっている。今後、手術機器開発の分野でもGIの概念が広く浸透し、多様性を重視した技術革新が加速することで、手術の質と安全性の向上が期待される。
【文献】
1)Kono E, et al:Surg Today. 2012;42(10):962–72.
2)Kono E, et al:Surg Today. 2014;44(6):1040–7.
3)Scardino A, et al:Int J Colorectal Dis. 2024;39(1):152.
河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[外科医][ジェンダード・イノベーション]
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