▶仕方なく,65歳時に2回目の腰椎の手術を受けました。今度は脊柱管全体が狭くなっている脊柱管狭窄症ではなく,単純に椎間板ヘルニアが右の脊柱管と神経根の出口に飛び出していたのと,不安定性はあまりなかったために固定術は行わず,椎間板ヘルニアだけを摘出することになりました。
▶前回と同じ友人の整形外科医の執刀により,全身麻酔で手術をしてもらいました。1回手術をした部分は組織の癒着が生じて,2回目の手術の難易度はかなり高くなります。脊柱管内には馬尾神経が通り,神経根を左右に出しているので2回目の手術は簡単ではありません。それゆえ同じ部位の将来の再発を防止するために固定術も併用していました。今回の手術は1つ上の部位の椎間板ヘルニアの手術なので,組織の癒着はほとんどありません。執刀医は何千例も脊椎の手術をしている医師なので,手術は1時間弱で無事に終わりました。
▶4日間だけ入院し,術前につくっておいた軟性のダーメンコルセットを装着し,4日目に立つ練習をして5日目には退院,6日目からコルセットを着けたまま神戸で外来診療を再開しました。右下肢の筋力低下は治りました。
▶1回目の手術後も2回目も,離床や仕事の復帰が一般の方よりずいぶん早いですが,これは筆者が脊椎の手術の経験もあり,コルセットの重要性や日常生活の注意などをよくわかっているためで,執刀医と相談の上,早期に退院させてもらい,仕事を再開しています。
▶1回目の術後13年,2回目の術後3年の68歳の現在に至るまで,腰痛がときどき起こり,両足の痺れも完全には治ってはいませんが,大きな支障はなく生活ができています。さらに次の部分が悪くなる頃には人生を引退しているはず,と気楽に考えています。ただ,ゴルフは年1〜2回程度に減らし,練習もまったくしていません。年をとればゴルフの上手な友人たちも飛距離が落ちてくるので,その頃に下手なりに友人たちと一緒にラウンドできればよいと気楽に考えています。
▶相変わらずビタミンB12は末梢神経に効果があると思って飲んでいますが,たまに起こる腰痛は筋肉性か椎間関節性で大したことはないと決めつけ,早めに湿布を貼り,たまには鎮痛薬も飲む程度です。そして何より診療中の患者に対する腰痛の説明通りに,座ったまま身体を左右前後に軽く動かす体操を欠かしていません。
▶手術をしてくれた医師にはいつも感謝するとともに,健康保険で高価な手術費用を安くすることができるわが国の制度にも感謝しています。腰の奥に入ったままの金属は,火葬場まで持って行くつもりです。
▶この筆者の腰痛および手術の体験談を読んだ医師は,ふむふむと納得される方と,何だ,自分はこのように克服したという自慢話か,と感じる方の2通りがあると思います。筆者が整形外科医だからですが,自分の専門領域の病気に対する「理解」「納得」が十分できて,手術を受けることに対しても「粛々と」「不安に思わず普通に」対応してきた歴史だと思います。ところが日々外来に来院する腰痛患者の多くは,痛みだけではなく不安もかなり強いと感じます。さらに整形外科以外の医師も腰痛で来院しますが,むしろ医師のほうがよく知っているだけに不安が強いと思います。
▶しかし,筆者の知り合いの整形外科医で腰椎の手術を受けた医師は少なくとも7人いて,そのうち2人は再手術も受けていますが,彼らが腰痛や手術に不安を感じたり,心配したりしているのを聞いたことがありません。つまり,自分の専門のことならば多くのことを理解しているので,冷静に対応できるのです。
▶筆者もある朝目覚めたら,目がボーッとかすんで緑内障かもしれないととても不安になり,大慌てで朝一番に眼科を受診したことがあります。「目が乾燥して角膜に傷が入っただけなので点眼薬を使えばすぐ治るでしょう」と言われてやっとホッとした思い出があります。ましてや一般の患者なら,病気に対する不安は想像に難くありません。
▶しかし,手術をするときに医師が患者に説明するのは「この理由で手術が必要です」「手術しても治らないことも感染が起こることもあります」「入院はおよそ2週間です」くらいだと思います。でも,患者はもっともっと聞きたいことがあります。「成功の確率は?」「結果が悪いときは寝たきりにならない?」「手術費用はいくらくらいかかるのか?」「退院してすぐ仕事に就ける?」「コルセットはいつまで着ける必要がある?24時間中何時間着ければよい?」「ゴルフはいつからできる?」「セックスはいつからしてもよい?」「セックスするならどの体位が安全?」手術前も手術後も,退院してからもいっぱい疑問があると思います。経済的なことやセックスのことなど,医師には聞きづらいこともあるでしょう。
▶もちろん,すべての患者の疑問や不安に答えることはできませんが,できる限りそれらに対して納得してもらえるように説明することが大切です。「術後はしばらく安静にしなさい」と言われても「いつまで,どの程度の安静?絶対安静なのか,多少は動いてもよいのか」「仕事や家事はいつから可能なのか」といった質問に対し,具体的な日数を説明することは無理としても,ある程度の目安を患者は知りたいはずです。医師であれば,いつ病院に復帰できるのか,いつから仕事を再開できるのかなど,切実なのは医師だけでなく一般の方も同じです。
▶そして術後の説明を聞いて,必要以上に慎重に生活する患者もいれば,自分なりに解釈して医師に言われた通りにしない患者もいます。患者の性格をよく見きわめる必要があります。おとなしい人と活動的な人,悲観的な性格と楽観的な性格,几帳面とアバウト,それらを総合的に理解して患者を指導することが重要です。
▶術後に硬性コルセットを着けて,点滴台ごと病室の狭いトイレに入ったときの不便さは忘れられません。いちいち点滴チューブが絡みます。排便しようときばろうにも,傷が怖くて下腹に力が入りません。何とか終わって,いざお尻を拭こうとすると,コルセットが邪魔をして手が届かないのです! きわどく何とか拭いて,トイレを出たら疲れ切っていたことを思い出します。人間慣れれば何とかなるとしても,下(しも)の世話は尊厳にかかわることで,看護師さんを呼ぶのも憚られます。
▶筆者が18歳の頃,自然気胸で開胸してブラを縫縮する当時の手術を受けたことがあります。毎日,肺が膨らんでいるかの確認でX線技師さんが病室にポータブル撮影機を持ち込むのですが,いざ撮影するときに若い女性の看護師さんに「X線を浴びるから逃げて」と笑いながら言ったシーンを今でもまざまざと覚えています。筆者は逃げも隠れもできずに毎日X線写真を撮られているのに「逃げて」と技師さんが看護師さんに言う言葉は残酷そのものでした。
▶医師は診断し,投薬し,注射し,手術をするという,最も強い権限を与えられたライセンスを持ちます。だからこそ,治療を受ける側の弱い立場の患者の気持ちを少しでも理解し推し量ることが大切だと,入院したり手術を受けたりするたびに肝に銘じています。