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腰痛予防のための脊柱起立筋ストレッチが体幹前屈時の指床間距離に与える即時効果

No.4931 (2018年10月27日発行) P.48

戸田佳孝 (戸田整形外科リウマチ科クリニック院長)

登録日: 2018-10-28

最終更新日: 2018-10-23

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腰痛の原因のひとつは,長時間の坐位姿勢によって脊柱起立筋が拘縮し,骨盤の可動域が減り,体幹前屈時に腰部にかかる負荷が増えることである

233例の健常者を対象に,20秒間の脊柱起立筋ストレッチ前と後で骨盤の可動域を示す体幹前屈時の指床間距離の変化を測定した

ストレッチ前の指床間距離は腰痛既往あり群(n=78)が腰痛経験なし群(n=155)に比べて有意に短かった(P=0.04)

ストレッチ前後の指床間距離の差は腰痛既往あり群と腰痛経験なし群の間で有意差はなかった(P=0.91)

このため,腰痛の既往がある者は再発予防のため脊柱起立筋のストレッチを行い,骨盤の可動域を維持するべきであると結論した

1. 研究目的

腰痛は最も罹患人口の多い疾患のひとつであり,全人口の80%が生涯に一度は腰痛を経験するとの報告もある1)

山副ら2)は長時間の坐位での作業が腰痛症の危険因子であると述べている。そのメカニズムは,長時間の坐位姿勢によって骨盤周囲筋が拘縮し,腰椎骨盤リズム(体幹の前後屈時に腰椎の屈曲角度と骨盤の傾斜角度が同調すること)が破綻し,腰部にかかる負荷が増え,腰痛が起こるというものである3)

過去に筆者は,腰痛患者を脊柱起立筋を含む骨盤周囲筋のストレッチ指導あり群と指導なし群に無作為に前向きに分類し,腰痛症状の改善度を比較した4)。その結果,指導あり群(17例)は指導なし群(16例)に比べて「外出が困難」(P=0.015),「臥床することが多い」(P=0.01)および「階段昇降が困難」(P=0.035)の徴候での改善率が有意に優れていた。しかし,過去の研究結果は患者の主観的評価による効果を示したにすぎなかった。

今回の研究では,脊柱起立筋のストレッチ運動が体幹の前屈可動域に与える影響を客観的に評価する目的で,ストレッチ前後での体幹前屈時の指床間距離を測定した。

2. 対象と方法

対象は,当院に通院中の患者の付き添い家族と当院職員とその友人の中で①年齢20歳以上,②先天的筋疾患,循環器,脳,神経疾患の既往がなく,③坐骨神経痛などの末梢神経障害の既往がなく,④過去20年間に,1週間以上の間,下肢の関節を固定した外傷の既往がなく,⑤測定時に関節および体幹に痛みがなかった233例である5)。平均年齢は58.2±16.8歳,男性115例,女性118例であった。

すべての参加者に「過去に3カ月間以上継続する慢性的な腰痛を経験したことがあるか?」という質問を行い,「ある」と答えた78例を腰痛既往あり群,「ない」と答えた155例を腰痛経験なし群に分類した6)

指床間距離の測定にはフレクションD®(竹井機器工業,新潟市)を用いた。被験者は両踵部をつけて爪先を5cmほど開いて直立し,膝関節を伸展し反動をつけないように留意しながら体幹を最大前屈し,両方の中指で水平板を押した。床から水平板までの距離を指床間距離とした7)。なお,床面に指先が到達しなかった場合,指床間距離は負の値で表示される(図1)。

 

ついで,被験者は椅子に座り,体幹を前屈し,拳をつくり中手基節関節の突起を用いて,第4腰椎側方から仙骨上縁まで近位から遠位に向かって左右の脊柱起立筋(主として多裂筋)を20秒間ストレッチした。20秒間のストレッチの後,再び指床間距離を計測し,ストレッチ後の指床間距離をストレッチ前の指床間距離から引き,骨盤可動域の改善度を評価した。

統計学的検定には一元配置分散分析法とχ二乗検定を用い,有意水準は5%とした。

3. 結果

233例中ストレッチ後に骨盤可動域が改善した症例(指床間距離の差が正の値)は222例(95.3%),不変であった症例は10例(4.3%),悪化(指床間距離の差が負の値)は1例(0.4%)であった。

ストレッチ前の指床間距離は女性(58.4±17.3歳)が4.5±8.7cmであり,男性(58±16.5歳)の-2.7±8.5cmに比べて,有意に長かった(P<0.0001)。しかし,脊柱起立筋ストレッチ前後の指床間距離の差は女性が3.3±2.4cm,男性が3.2±3cmであり,男女で有意差はなかった(P=0.75)(図2a)。

ストレッチ前の指床間距離は,腰痛既往あり群が-0.85±10.8cmであり,腰痛経験なし群の1.8±8.4cmに比べて,有意に短かった(P=0.04)。しかし,脊柱起立筋ストレッチ前後の指床間距離の差は,腰痛既往あり群が3.2±2.2cm,腰痛経験なし群が3.3±2.9cmであり,両群間で有意差はなかった(P=0.91)(図2b)。

4. 考察

1 腰痛経験なし

加藤8)は,健常者5人における体幹前屈動作における胸椎,胸腰椎移行部,腰椎,骨盤前傾角度,足関節底屈角度がどの程度の割合で貢献するかを計測した。その結果,骨盤前傾角度が86%と最も多かった。このため骨盤周囲筋のストレッチを行うと最も効率的に指床間距離が長くなると考える。
今回の研究では,わずか20秒間のストレッチによって指床間距離が95%の症例で長くなった。つまり,脊柱起立筋ストレッチは多くの症例にとって即時効果があり,長時間坐位の作業中にこのストレッチを行えば体幹前屈時の骨盤可動域が改善され,腰椎にかかる負担が減り,腰痛予防となる可能性がある。

ストレッチ前では,女性のほうが男性よりも指床間距離が有意に長かった。その理由は女性ホルモンによる関節の柔軟性等が影響していると考えられるが,ストレッチによって得られる骨盤可動域の改善柔軟度には性差はなかった。ゆえに,体幹の柔軟性が少ない男性であっても脊柱起立筋のストレッチによる効果が期待できる。

2 腰痛既往歴あり

腰痛既往歴のある者では腰痛経験のない者に比べて有意にストレッチ前の指床間距離が短かった。「研究目的」で記載したように骨盤可動域が少ない症例では腰椎骨盤リズムが破綻し,腰部にかかる負荷が増え,腰痛が起こりやすい。しかし,ストレッチによって得られる骨盤可動域の改善柔軟度には両群間で有意差はなかった。このため,腰痛既往歴のある症例は再発予防のため脊柱起立筋のストレッチを行うことによって腰椎骨盤リズムを維持するべきであると考察した。

松田ら9)は,11人の健常者の体幹後面部,下肢後面の皮膚に対して頭側から尾側に向かって皮膚の可動性を高める処置を行った結果,指床間距離が有意に増加したと報告している。その理由として彼らは,体幹屈曲運動では体幹背部の皮膚の剛性が制限因子となるので,皮膚可動性を回復することによって指床間距離が増長した可能性があると述べている。このため脊柱起立筋ストレッチでは単に体幹を前屈するだけではなく手拳で背部の皮膚を押し下げる運動を併用することが重要であると考える。


●文献

1)Levine DB:Arthritis and allied conditions. 12th ed. Lee & Febiger, 1993, p1583-600.

2) 山副孝文, 他:Orthopaedics. 2008;21(6):S31-40.

3) 岩渕真澄, 他:Mod Physician. 2011;31(9):S1069-72.

4) 戸田佳孝:臨整外. 2015;50(6):579-84.

5) Toda Y, et al:J Rheumatol. 2000;27(10):2449-54.

6) 戸田佳孝:臨整外. 2017;52(8):775-9.

7) 佐藤孝二:MED REHABIL. 2011;134:63-7.

8) 加藤 肇:理療. 2004;34(2):40-2

9) 松田憲亮, 他:柳川リハ学院・福岡国際医療福学院紀. 2013;9:2-4.

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