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全面禁煙の施設における患者からの喫煙要求にどう対応する?

No.4817 (2016年08月20日発行) P.66

岡本光樹 (岡本総合法律事務所 弁護士)

登録日: 2016-08-20

最終更新日: 2016-11-09

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健康増進法等により,病院をはじめとした各施設が全面禁煙になることが増えています。しかしたとえば,「敷地内全面禁煙」をうたっている精神科病院に,措置入院や医療保護入院などの行動制限下で入院している患者(自分の意思では敷地外に出ることができない)から喫煙要求があった場合は,患者の権利や病院としての対応(安易に禁煙化を進めてよいかなど)について,法的にどのように考えればよいのでしょうか。

(質問者:青森県 N)



【回答】

措置入院は,入院させなければ自傷他害のおそれがある場合に,都道府県知事の権限により精神障害者を強制入院させる制度で,医療保護入院は,医療及び保護のため入院の必要がある場合に,主として家族の同意により精神障害者を強制入院させる制度とされています。いずれも「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(略称「精神保健福祉法」)に基づく制度です。
精神障害者本人の同意に基づく任意入院の場合は,開放病棟での開放処遇が原則とされる(昭和63年厚生省告示第130号)のに対し,措置入院や医療保護入院は閉鎖病棟への入院となり,外出が禁止または制限されることがほとんどのようです。
ご質問を検討するにあたっては,最高裁昭和45年(1970年)9月16日の大法廷判決1)が参考となります。犯罪の容疑により逮捕され,刑務所において9日間の未決勾留を受けた者(「受刑者」とは異なり,本来無罪の推定を受け,原則として一般市民としての自由を保障されると解されます)が,その間,喫煙を禁止されたことについて,法律上の根拠がないこと,規則は違憲無効であること,違法な公権力の行使にあたることを主張して,国に慰謝料の賠償を求めたという事案です。
これに対して,最高裁は,「火災発生のおそれ」「監獄内の秩序の維持にも支障をきたす」等を理由に挙げて,喫煙を許すことは「逃走または罪証隠滅の防止を目的」とする未決勾留の「本質的目的」に反するとの判断をしました。この点,喫煙の場所・方法の指定等の制限さえすれば火災は防止し得るなどといった学者の主張は,結論として否定されました。
また,最高裁は,制限される内容の比較衡量についても判断し,「煙草は生活必需品とまでは断じがたく,ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず,喫煙の禁止は,煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても,それが人体に直接障害を与えるものではない」とし,続けて,喫煙の自由は基本的人権の一に含まれるとまで断定するものではなく,仮定的説示にとどめた上で2)3),「あらゆる時,所において保障されなければならないものではない」と判示しました。喫煙の自由は,制限に服しやすいものにすぎないとの判断がされたと解されます。
その後,時代は下って,受動喫煙の防止を規定した健康増進法が平成14年(2002年)に制定されました。2013年4月1日からは,それまで喫煙が許されていた警察の留置施設(収容者はいまだ被疑者段階で,上記同様,無罪の推定を受ける立場です)についても,留置人や看守の「受動喫煙」を理由に,全国的に全面禁煙とされました14)
これらをふまえてご質問に回答します。
精神保健福祉法第36条1項の「行動制限」を持ち出すまでもなく,そもそも入院の本質的目的として,自傷他害の防止および無断退去(離院)の防止が挙げられます。火災防止および火傷防止のために,屋内禁煙はもちろんのこと,外出禁止・制限に伴って敷地内外の喫煙を禁止することも正当と言えます。敷地外での喫煙に頻繁に同行する監督職員の確保や,タバコおよび火気類を院内に持ち込ませないための常時検査・監視等の過剰な負担を負ってまで,病院が患者に喫煙させる義務があるなどとは考えがたいものです。
また,病院は,多数の患者が居住し,これを集団として管理する施設である以上,患者および職員の受動喫煙を防止すること(健康増進法第25条),施設内の秩序および集団生活の規律を維持することも必要であり,任意入院・強制入院,外出制限の有無を問わず全患者に「敷地内全面禁煙」を徹底することは,正当です。
これらの要請と比較衡量して,いわゆる喫煙権などと呼ばれるものは,最高裁判例に照らして制限に服すべき性質のものと考えられます。
以上が,ご質問に対する法的な回答になりますが,さらに近時の医学的知見をふまえて言えば,喫煙の継続は薬剤の効果を弱めること,禁煙により薬剤の副作用を減少し得ること,精神疾患患者こそ禁煙のメリットが大きいことが指摘されています5)。また,国際疾病分類ICD-10におけるF17「タバコ使用による精神および行動の障害」ならびに米国精神医学会DSM-Ⅳ-TRにおける305.1「ニコチン依存」およびDSM-5における305.1「タバコ使用障害」に示されるように,そもそも「ニコチン依存症6)」自体,治療すべき精神疾患と言えます。精神科における「neglected problem」と指摘され,さらには「精神科病院でニコチン依存症がつくられていた」ことこそ問題です7)
精神障害者の「医療及び保護」のためにも(精神保健福祉法第1条),積極的に禁煙・卒煙を勧奨することが望ましいと言えるでしょう。

【文献】

1) 最高裁判所, 編:最高裁判所民事判例集 第24巻10号. p1410.

2) 宇野栄一郎:ジュリスト. 1971;469:253.

3) 判例タイムズ. 1971;254:142.

4) 留置施設を全面禁煙に 警察庁,受動喫煙を防止. 日本経済新聞2012年12月20日.

5) 川合厚子:禁煙学. 改訂3版. 日本禁煙学会, 編. 南山堂, 2014, p181-6.

6) 厚生労働省:平成18年度診療報酬改定.

7) 臼井洋介, 他:医事新報. 2011;4531:107-11.

【回答者】

岡本光樹 岡本総合法律事務所 弁護士

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