一二三 亨先生の『熱中症の謎となぜ』は,熱中症という身近で深刻なテーマを,長年の臨床経験と研究成果を背景に,徹底的に問い直す一冊だ。章ごとに「マスクはしたほうがいいのか」「どうやったら熱中症に強いからだになるのか」「Ⅳ度の重症度ができたのはなぜか」など,本質的な問いを投げかけ,読者自身が考え,理解を深める仕かけが随所に施されている。
単なる「水分を摂りましょう」という啓発に終わらず,体温調節機構の破綻,循環血液量の低下,臓器障害,といった病態生理をわかりやすく解説している。さらに,暑さ指数(WBGT)がどのように考案され,軍隊や産業衛生,スポーツ現場でどのように使われてきたか,といった背景を丁寧に解き明かすなど,熱中症を深く知りたい人にはたまらない知識も満載だ。
特に,本書が優れているのは,最新の国際的な研究動向を紹介しつつ,J-ERATOスコアなど,日本の気候や社会,高齢化といった日本特有の事情と照らし合わせた独自の考察が豊富な点だ。単に「欧米のガイドラインはこうだ」と輸入するのではなく,「日本の夏」「日本の生活習慣」「高齢者の生活環境」などを,具体的な文脈に落とし込むことで,読者は自分ごととして理解を深められる。
また,豊富な症例と臨床現場でのエピソードも随所に盛り込まれ,医療者だけではなく,介護職,教育関係者,防災担当者など,幅広い実務家にとっても役立つ構成になっている。コラムやQ&A形式の工夫もあり,専門的でありながらも読みやすく,硬いテーマを柔らかく伝える著者の姿勢が感じられる。
総じて,本書は,熱中症を「ただの脱水症」から「全身性の命に関わる病態」へと,正しく理解し直すための決定版である。最新のエビデンスと日本の現実を織り交ぜた深い考察は,読者に「知るだけ」ではなく「行動を変える」ための力を与えてくれる。熱中症対策に関わるすべての人に,強く薦めたい一冊だ。