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シーボルト(11)[連載小説「群星光芒」134]

No.4713 (2014年08月23日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-03-27

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  • 「高良斎は、われらになんら疚しきところはなく、ましてやシーボルト先生は全く無実だと声高に申し述べたそうじゃ」

    「まさに確信犯ですな」

    「さよう、良斎は異人の妖術によって脳味噌をすっかり洗われたンじゃ」

    「シーボルトはよほど巧みにいいくるめたのですな」

    「二宮敬作も同じ穴の貉じゃ。わしが長崎屋で二宮に会ったとき、自分は師の申し付けにより富士山の高さを測ったが、これも西洋の進んだ術技を学びとり国の発展に与る為です、などと御託を並べおった」

    「そんな術技は紅毛人の目くらましです。和国を乗っ取る策略です」

    「だからこそ危険きわまる。シーボルトの御先棒をかつぐ良斎や二宮のような連中が続出すれば国の安寧はもとより公方様の御威光さえ損なわれかねン」。林蔵はそう言って唾の溜まった口角を手甲でぬぐった。

    「間宮様の用心深い対応が効を奏してシーボルトの企みが露見されました。既の事にで御停止の品々が紅毛人の手に渡るところでした」。香川赤心はもみ手をして林蔵の表情を窺った。 

    「うむ、我邦を蝕むシーボルトの奸計を事前に防ぐことはできた。だが、ここで彼奴をすんなり帰国させてなるものか」

    林蔵は羽織の袖をたくしあげ、手掌をこぶしで力強く叩いた。

    それから数カ月経った文政12(1829)年2月下旬、赤心が林蔵の許に急ぎの知らせをもたらした。「景保めが牢屋で亡くなりました」。赤心は林蔵の顔を見るなりそう言った。「このところ奴は吟味に出られぬほど体調が悪かったようですが、去る16日の朝、容子がおかしいというので牢医師が診にゆくと、すでに事切れていたそうです」

    林蔵は、ふむ、と軽くうなずき、「高橋のように性根の腐った奴が長期の訊問に耐えられる筈がねェ」と表情を変えずに言い、

    「ところで奴は未決囚だっぺ。判決がおりるまで死骸は捨てられめェ」

    「はい、遺骸は大瓶に塩漬けにして浅草溜の小屋に放り込んだそうです」

    「そうか、蘭学徒輩の哀れな末路じゃな。ほかの蘭学かぶれにも上せを冷やす良薬になるがっぺ」

    と満足そうに頰の凍瘡跡を撫でた。

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