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シーボルト(9)[連載小説「群星光芒」132]

No.4711 (2014年08月09日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-03-28

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  • 文政11(1828)年10月10日の夜、書物奉行兼天文方の高橋作左衛門景保が住む浅草鳥越の天文屋敷を高張提灯をかかげたおびただしい捕吏が取り囲んだ。高橋は青網をかけた駕に押込められ、物々しい警固の下に伝馬牢につながれ、翌日から厳しい詮議が始まった。

    「高橋は公費を流用し、伊能様の日本地図とわしの樺太地図を絵師に模写させてシーボルトに与えたと白状しおった。シーボルトがわしに近づいて猫撫で声をだしたのもわしの地図が欲しかったンじゃ」

    ところで、と間宮林蔵は懐から覚え帖を取り出して中を見ながら言った。

    「高橋の釈明によれば、自分は御書物奉行を兼ねる身なれば、国益のため異国の地図を入手するのは大事なご奉公、よってシーボルトの所持するオランダ領東印度の地図ならびに紅毛人のクルーゼンシュテルンが書いた『世界一周(周航)記』を交換したンだと申し立てたそうじゃ」

    「そんな言逃れが通用するとでも思ったのでしょうか」と香川赤心。

    「バカな奴め、紅毛輩に日本地図など渡せば、我邦攻略のまたとない利器となるのが判らンのだ」

    「己が所業を重罪と心得ぬのですな」

    「うむ、呆れた話だが、自分が蘭人に渡した地図はすべて模写絵で、不正確きわまるゆえ罪にはなりませぬとぬけぬけと申したそうじゃ。牢番にも、たとえ拙者が罪に問われても精々大名預じゃと高をくくっておった」

    「なんとも世の中を甘く見ておりますな」

    まったくじゃ、と林蔵は口角をまげて低く笑い、「高橋を容赦してはならン。ほかになにか隠しておらンか殴ってでも吐かすンじゃ。この絶好の潮時にシーボルト一派の奸計を根こそぎ壊してやンべ」

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