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シーボルト(4)[連載小説「群星光芒」127]

No.4704 (2014年06月21日発行) P.70

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-03-29

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  • それからしばらく経ったある日、高良斎はシーボルトの居室に呼ばれた。

    「リョーサイ、おまえは白内障手術の達人だとケイサキー(敬作)から訊いた。いかなる治術を行い、治療の成績はどれほどか?」

    良斎は家伝の奥義「横鍼術」について略図を描きながら説明した。

    「これは白濁した硝子体を長針で眼球内に落として視力を得る手法です。手前の伯父高充国が大坂御堂筋の眼科医三井元孺先生から伝授された秘術です」

    シーボルトは、なるほどと首肯してから、

    「じつは長崎奉行土方出雲守のご老母が白内障で悩んでいる。おまえの横鍼術をぜひご老母に試みてもらいたい」と頼んだ。

    数日後の朝、老母は出雲守に付き添われて鳴滝塾の手術場にやってきた。良斎が診ると、両方の瞳孔に白い曇りが生じ歩行も危うい。良斎は焼酎で手の汚れを落してから手術台に仰臥した老母の枕頭に立った。門人が2人、老母の手足を抑えた。シーボルトは痛み除けに阿片2グレン(約0.13g)を砂糖に溶いて老母に飲ませ、出雲守とともに老母の容子を見守った。

    良斎は右手に長針を把持し、左手で老母の右のまぶたをおしひろげた。ついで右の瞳孔の直ぐ後ろにある水晶体に長針をむけた。一呼吸おき、眼球の角膜縁側方より結膜に向かい長針をぷすりと斜めに突き刺した。老母は一瞬、びくっとしたが、そのあとじっとしていた。長針の尖端が瞳孔の真ん中に及んだところで良斎はほんのわずか長針をゆすり、針先を白濁した水晶体に引っ掛けて一気に眼球の奥へ突き墜した。

    つぎに右目とまったく同様の早技で左目の水晶体を硝子体の底に落下させた。

    施術を終えた老母は暫く休んでいたが、やがて目を瞬いて起き上がり、辺りを見回してから嬉し気に声をあげた。

    「おお、息子の顔がはっきり見える」

    手術台から下りて歩く足取りも確かだった。出雲守はその母の姿に目頭を抑えて、

    「忝い、かたじけない」

    と良斎に何度も礼をいった。

    「施術直後から視力を取り戻すほど日本の眼科が優れていようとは」

    シーボルトも良斎の技を手放しで褒めたたえた。

    残り1,578文字あります

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