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【識者の眼】「鬼滅の刃と桃太郎」神野正博

No.5038 (2020年11月14日発行) P.56

神野正博 (社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院理事長)

登録日: 2020-11-02

最終更新日: 2020-11-02

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3歳になる孫娘が指を口にくわえながら「きめちゅのやいば」…「なにそれ!?」から始まった『鬼滅の刃』への関心は、あれよあれよという間にコロナ禍からの回復の象徴のように社会現象となりつつあることを知るに至った。「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の興行収入が公開からわずか10日間で107億円になり、歴代最速で興行収入100億円に達したと聞くと、映画鑑賞やイベントの自粛はどこへ行ったのかと思ってしまう。

さすがに、一人で、あるいは(老)夫婦で、この映画を見に映画館に入るのも気恥ずかしく、情報収集にとどまっている現状だ。ヒットの理由がいくつか挙げられる。家族愛とか、最近のオンラインテレビゲームよろしく協働して鬼を倒しながら進むなどがあるようだが、どうやら鬼が鬼になる前の人生も描かれているようだ。主人公・竈門炭治郎の鬼となった妹、禰豆子も含めて、鬼それぞれの人生と人とのつながりがあるのだ。

鬼と言えば断然、桃太郎だ。桃太郎の鬼は退治されるべきものであって、決していかなる生い立ちか、どういう経緯で鬼のグループに入ったのか、家族はいるのか、どのような悪事を働いたから退治されるのかは描かれていない。ハリウッド映画の多くでも悪は悪だ。悪者のスパイも秘密結社も宇宙人も殲滅されても誰も悲しむことなく、同情もない。

さらに、現実の世界でも、某国の歴代大統領はハリウッド映画よろしく、平気で「悪の枢軸」などという言葉を使う。もちろん現職も悪を懲らしめるアメリカンヒーロー気取りである。まさに劇場型だ。なぜ敵対するのか、敵対せざるを得ないのか、その背景や相手の立場を考えてみる余裕はないようだ。

わが国の政治の世界も、最近、All or Nothing、賛成か反対か的に単純な思考が多いように思う。政権から睨まれたらどうしよう、という気持ちが簡単に迎合する風土を生む。反対者もだんまりを決め込まざるを得ない。昨今のオンライン診療もその条件を問えば、守旧派のレッテルを張られそうな勢いだ。

反対者の主張に耳を傾け、分かり合えるまで話し合うといった、ただ拒絶し攻撃するだけではない「鬼滅」的やさしさが求められないものだろうか。

神野正博(社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院理事長)[All or Nothingの風潮]

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