以前、本稿でご紹介した韓国の医学部定員増をめぐる政府と医師たちの対立は、転換点を迎えている(No.5213)。
簡単に状況をおさらいしておこう。
韓国政府は医師不足や地域偏在の解消を目的に、2025年度から医学部定員を現在の3058人から5058人へ、5年間で毎年2000人増やす計画を発表した。これに対し、医師団体や医学生らは、「教育・研修環境の悪化」「医療制度の根本的な問題未解決」などを理由に強く反発。医学生・専攻医による集団休学やストライキが全国規模で発生し、医療現場にも大きな影響が出た。対立は長期化し、こう着状態になった。
ここまでは以前お伝えした通りだが、その後大きな動きがあった。
2024年12月3日、尹錫悦大統領(当時)は突如非常戒厳令を発表した。そのとき発表された文章の中で、ボイコット中の専攻医、研修医を強制的に現場復帰させることが示されたのだ。
この試みは失敗し、尹氏は逮捕勾留され、大統領を罷免された。
大統領不在の中、政府は医学生の「全員復帰」を条件に、2026年度の医学部定員を増員前の3058人に戻す方針を打ち出した。
当初は復帰に消極的だった医学生も大学や政府が「復学しなければ除籍」と強硬策を取る中、2025年3月末までに、全国40校の医学部・医学専門大学院のうち39校で事実上全員が復学し、学生数で96.9%が復学したと教育部が発表した。
医学生側は復学したものの、授業への出席を拒否するなど、政府と医学生の対立はまだまだ続いている。
今後行われる大統領選挙では、野党「共に民主党」の候補となった李在明前代表が、公約の中で医学部の定員の「合理化」や、公立医科大学の新設などを訴えている。詳細はまだ不明だが、医学部の定員が争点となりそうだ。
こうした韓国の状況を見ると、医学部の定員増の問題を起因とする政府と医師、医学生との対立が、大統領に非常戒厳令という強硬手段の要因になるなど、きわめて大きな政策課題になっていることがわかる。今後政府と医師、医学生の対立が収束に向かうのか。まだまだ予断は許されない。
日本ではここまでの対立が起きないが、社会保障費の増加など、厳しい財政の中、対立の火種はないわけではない。隣国の状況は、私たちにとっても決して他人事ではないのだ。
今後も動向をウォッチしていきたい。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[医学部定員][韓国]