自治医大の学費免除と、へき地勤務義務化の仕組みが、自治医大卒業の医師によって訴えられた。『「無知な受験生を囲い込む、悪魔のような制度」自治医大の修学金貸与制度巡り卒業生の医師が提訴』というYahoo! ニュースの見出しは衝撃的で、多くの人が目にしたのではないか。筆者は自治医大を1986年に卒業した9期生であるが、この記事を見て、ただただ悲しい、そういう気持ちである。記事によれば、以下の3点が問題だという。
学費免除の代わりに、9年間の義務年限とその半分の5年間のへき地勤務を義務にする制度は、いわば借金のカタに強制労働を課すという仕組みで、法的に問題があるだけでなく、倫理的にも問題なのは明らかだろう。そんなことは指摘されるまでもない。自治医大に入学するもののほとんどは、それを承知で入学、卒業し、医師になり、97%の卒業生が義務をはたしている。1972年の開学から、50年以上にわたってこの仕組みが維持され、へき地医療を支えてきた。
長い実績の中で、様々な人が自治医大に入学する。その中で法律違反に気づいた賢い人が50年という時を経て現れたということか。この記事を見て思い浮かんだのは、アンデルセンの童話『はだかの王様』の「王様は裸だ」と指摘した賢い子どものことである。
筆者は、この賢い子どものことが嫌いである。この賢い子どもの正しさは、学問の世界では大いに役立つかもしれない。しかし、賢さは文化を破壊する。賢い人がつくった原子力爆弾がヒロシマ、ナガサキを壊滅させたように。正義は悪と紙一重だ。この子どもがこのまま大人になって王様になったりしたら、戦争を起こすかもしれない。実際、この賢い自治医大の卒業生が、訴えという戦争を起こしたというのが今回の事件ではないか。
筆者の好きな漫画の1つに小林まことの『柔道部物語』がある。その中に、柔道部の監督がライバル校にコテンパンにやられた後の練習で、部員たちに叫ばせる場面がある。
「お前たちは決して弱くない。オレに続いてこう言え。『俺って天才だあ』」
「しかし、それだけでは足りない。続いてこう言え。『俺ってバカだあ』」
筆者は彼に言いたい。
「あなたは賢い。しかし、賢いだけだ。だから毎日こう唱えてはどうか『俺ってバカだあ』」
筆者は自治医大がなければ医者になることは困難だった。国立大学の学費ですら支払いが困難な若者たちが医者になる道を閉ざしてはいけない。そうでないものは自治医大を受験しなければよい。変えるべきは自治医大の仕組みでなく、訴えを起こした彼のような自治医大以外の医学部へ行けるような若者が、受験しないですむ仕組みである。
名郷直樹(武蔵国分寺公園クリニック名誉院長)[自治医大][へき地医療]