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多紀元堅(8)[連載小説「群星光芒」200]

No.4788 (2016年01月30日発行) P.74

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-27

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  • その日、医学館の講堂に世話役(教授)と講書(講師)ら幹部が集まった。月に1度の館主講説の日である。

    やがて元堅が巨体を運んで正面に着座すると重立世話役が頭を下げて申し述べた。

    「督事様、このたびのご禁令は実にお見事でした。これにて官医のみならず巷の蘭方医も鳴りを潜めましょう」

    重立世話役の挨拶のあと元堅は幹部一同を見回していった。

    「そもそも多紀家のご先祖は、権現様(家康)の時代に後世方派と古医方派の融和をはかり、考証派として名をあげ、医学館隆盛の基盤を築かれた。また、わが父上多紀元簡は豪胆かつ度量の広いお人で、蘭方が病因除去を専一とし病い克服をはかるのは一理あると申され、無下に退けずに長所を採りて融和せよと仰った」

    そこで元堅は声音を高めた。

    「だが現今の世情たるや父上の頃とはあまりに異なる。軽佻浮薄の徒輩は新を悦び奇を衒い、眼眩心惑、風靡雷同におちいり、その最たる輩が蘭方医である。蘭方は病いを切り貼りして心身にそなわる自然治力をないがしろにする。片や漢方は万古不易の古医経を重んじ、天然の治力に謙虚な畏敬の念を抱く。『心身一如』、これが漢方療治の真髄である」

    元堅はいちだんと錆び声をひびかせた。

    「近年の蘭匪の驕慢さは目に余る。蘭方医は夷狄の術を操り、漢方の磐石なる地盤を踏み荒らそうとする。これを小芽のうちに摘み取らねば雑草のごとく蔓延り、やがては手に負えなくなろう。それゆえ公儀はかれらに鉄槌を下すべく『蘭方禁止令』の大英断をなされたのだ」

    幹部一同も満足気にうなずいた。

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