著: | 廣田 彰男(広田内科クリニック院長) |
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判型: | B5判 |
頁数: | 258頁 |
装丁: | カラー |
発行日: | 2017年04月17日 |
ISBN: | 978-4-7849-4585-6 |
版数: | 第1版 |
付録: | - |
●40年にわたり1万人以上のリンパ浮腫患者を診察してきた著者の診断・治療法の集大成です。
●医師による正しい診断・治療方針決定の重要性を力説。
●リンパ浮腫と間違われやすい低蛋白性浮腫や廃用性浮腫をはじめとした鑑別を詳説。
●患肢の圧迫,圧迫下の運動療法,リンパドレナージおよび蜂窩織炎予防のためのスキンケア,患肢の挙上,その他生活上の注意を含んだ「複合的治療」のすべてを収載しました。
診療科: | 内科 | 循環器内科 |
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外科 | 乳腺外科 | |
形成外科 | 形成外科 | |
リハビリテーション科 | リハビリテーション科 |
はじめに
本書の内容は一般的なリンパ浮腫治療の内容と異なる点が多く,将来的に誤りを指摘されるかもしれない。筆者の40 余年のリンパ浮腫治療の経験が主であるが,同時に多くの患者との接触の中で気づかされ,その理由を考え続けた結果の集大成でもある。したがって,実際の現場ではこの通りに実施すると結果が得られると確信している。しかしながら,その裏づけはないものが多い。
医学は科学であるので,本来エビデンスが重要であることは言うまでもないが,エビデンスで確認されるより前に臨床の現実があり,対応を迫られる。おこがましいが,いずれ筆者の考えが裏づけられるなり,もしくは否定され,より適切な治療法に移行することが望ましい。おそらくそのときを見届けられないのが残念ではある。
筆者は内科医であるので,あくまで内科でできる範囲内での内容である。その基本は,おそらく法に則った上で,患者にとって極力無駄を省いた方法をめざしているものであろうと思う。特に外科的治療など,異なる領域の治療法に関しては筆者には判断しがたいのが事実であるが,基本的な考えに則して意見を述べている部分もある。また,リンパ系は多くの方には馴染みが少ない分野であるかと思われるので,時に卑近なたとえを用いることをお許し頂きたい。
医療における浮腫の位置づけはきわめてあいまいである。浮腫自体が治療の対象となることは少なく,多くの場合,大きな疾患のひとつの症状としてとらえられる。たとえば,腎疾患では腎機能低下,心疾患では心不全が問題であって,浮腫自体の治療を行うわけではない。
浮腫自体が治療の対象となる代表的な疾患がリンパ浮腫である。しかし,リンパ浮腫自体,その多くが乳がんや子宮がんなどの術後の後遺症として発症するものであって,患者にとっては原疾患が優先する。がん末期の緩和ケアや高齢者における浮腫も,それ自体が治療の対象ではなく,あくまでQOL の問題である。このように,浮腫はあくまで主役ではなく脇役である。
リンパ浮腫の治療は,患肢の圧迫,圧迫下の運動療法,リンパドレナージおよび蜂窩織炎予防のためのスキンケアの「複合的理学療法」としてまとめられる。さらに,患肢の挙上など生活上の注意が重要であるため,日本では「複合的治療」として普及が図られている。
このようにみるとわかる通り,リンパ浮腫の治療はほとんどがセルフケアである。医療者が手を出せる部分はほとんどない。できるのは正しい診断とセルフケアの説明であり,そしてそのお手伝いをすることである。そこには,高価な医療機器や技術はほとんど登場しない。そのため,浮腫の治療自体が医療の前面に立つことはなかったが,2008 年のリンパ浮腫における弾性着衣の保険適用以後,浮腫を含めた医療が医療者に関心をもたれるようになった。しかし,脇役であるため,これまで医学教育では十分に取り上げられてきたとはいいがたく,また,保険適用の面などからも不十分な状況にあることは否めない。
多くの場合,医療は具体的な処置に対して収益が発生するような仕組みになっている。
そのため,医療従事者はほとんど習慣的につい手を出してしまう。リンパ浮腫の治療においては,その代表的なものがリンパドレナージ(マッサージ)であろう。リンパドレナージのために頻回の通院を勧め,時には弾性包帯やカスタムメイドの高価な弾性着衣を処方する。しかしながら,それはリンパ浮腫治療の本質から離れ,時に患者には精神的・身体的そして経済的な大きな負担となることが多い。リンパ浮腫はがん術後の発症が多いので,患者は既に大きな負担を強いられており,そこにさらに負担を増す結果となることを懸念する。
さらに最近,緩和ケアにおける終末期の浮腫などまでもがリンパ浮腫とされて複合的治療の適応とされている状況がみられるが,これは大きな誤りである。対象患者も多く,日常の診療体制に取り入れやすいためでもあろうが,これらは低蛋白性浮腫や廃用性浮腫が主体であり,また治療法も異なるので,厳に戒め除外すべきである。この意味では,リンパ浮腫診療はチーム医療である以前に,まず責任ある医師の正しい診断および治療方針の決定が重要であり,そこに診療報酬がつくことが先決と考える。
筆者は開業医であり,採血を行うことは皆無に等しく,X 線機器さえない。そのような環境の中で10 余年ほぼリンパ浮腫のみを専門としている。すなわち,リンパ浮腫の診療は,筆者のような一般開業医の立場で可能であることを示していると考える。患者の間では,「廣田先生のクリニックは何もしてくれない」ともいわれているそうである。リンパ浮腫治療の本質を示しているとも考えられ,ある意味,的を射ている。マイナーな立場であるリンパ浮腫診療が身の丈に合った発展を遂げ,患者に不要な負担をかけない診療体制ができることを期待する。また,筆者は開業医ではあるが,初診患者のほとんどはがんの手術を施行する大きな医療機関からご紹介頂いたものである。この場を借りて深く感謝申し上げる次第である。
リンパ浮腫診療は臨床経験が主体で,最近主流のエビデンスはほとんどない。筆者の経験と理論は患者との共同作業でつくり上げたものと思う。おごりかもしれないが,これを何らかの形で残しておきたいと思っていたところ,このたび,このような一歩間違えると学問でなくなりそうな内容で出版の機会を与えてくれた日本医事新報社に深く感謝申し上げる。
2017年3月
廣田彰男