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相良知安(5)[連載小説「群星光芒」260]

No.4849 (2017年04月01日発行) P.72

篠田達明

登録日: 2017-04-02

最終更新日: 2017-03-28

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  • 「わしは日本政府の冷淡きわまる態度に腹をすえかねている」

    ボードインは口から泡をとばした。

    「もし、日本政府が黙殺をつづけるならば、わしはオランダ政府を通じて断固異議申し立てをおこなう用意がある」

    ボードインの額に青筋が2本、くっきりと浮かんだ。

    ――ここで訴訟をおこされては今後のわが国の医療に重大な支障をきたしかねない。

    相良知安はボードインの怒りを鎮めるように声を抑えながら話した。

    「先生が日本の医学界に尽くされた功績は不滅です。拙者どもは先生から直々に本物のオランダ医学を教えられ、深く感謝しています。そのオランダ医学をここで排斥するようなことは先生の恩義に対して申し訳ないかぎりです。私情からいえば、拙者どもは先生をわが国最高の病院頭取に推挙して新政府が没収した医療器材すべてを取り戻したいのは山々です」
    「ならば、今すぐそれを実行してくれ」
    「しかし、現在は新政府の太政官が医療全体をとりしきっていて、とても手がだせません」

    岩佐 純もかたわらでしきりに首肯した。

    「徳川幕府との約束が履行されねば、わしは全国にいるわしの門人たちに呼びかけ、日本政府の横暴を欧州諸国に訴えてもらうつもりだ」

    ボードインは濃い口髭を震わせていった。

    「先生と新政府のあいだに紛争が生じたことはまことに不幸なことでした……」

    そこで知安はしばらく間をおいた。

    「しかし、薩摩や長州らの新興勢力が徳川幕府を倒して権力を奪い取り、新たな為政者として君臨するにいたった現在、拙者どもは新政府の方針に従うよりほかに道はありません。オランダ政府も新しい日本政府を相手にするでしょう」

    そのときボードインが「そうか、政権は徳川将軍が自ら天皇に返上したと聞いたが、実は一種の革命が生じていたのだな……」と呟くように言ったのを、知安は聞き逃さなかった。

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