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人名用漢字・異体字の歴史とは?【法律・戸籍制度における「正字」の変遷】

No.4777 (2015年11月14日発行) P.64

安岡孝一 (京都大学人文科学研究所附属 東アジア人文情報学研究センター教授)

登録日: 2015-11-14

最終更新日: 2016-12-14

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【Q】

人名(姓)の漢字には,しばしば異体字があります。高と髙,崎と(たつざき),辻と辻(点一つと二つのしんにょう),など枚挙にいとまがありません。このような異体字について,わかりやすく概説した資料などはありますか。異体字の歴史について,可能であれば戸籍制度や法律的な観点を含めて教えて下さい。
(兵庫県 K)

【A】

言語は,本質的に変化を伴います。すべての言語は,時代や場所に応じて,異なる姿へと変わっていきます。漢字も,言語の表記手段のひとつである以上,時代や場所によって変化します。ただし,漢字においては,意味と音が(ほぼ)同じで,字体だけが変化した場合には,それらを異体字と呼ぶことにしています。
法律的な観点から異体字の歴史を眺める場合,「正字」という概念がキーになります。「正字」と言っても,単に「正しい字」というわけではなく,その時代の政府が定める「正しい字」です。異体字は,放っておくとどんどん増えてしまうので,政府としては「正字」を定めておかないと,行政文書でのコミュニケーションに支障が出てしまうのです。どの異体字を「正字」と定めるかは,その時代における政府の裁量だと言えます。
明治以前の日本においては,政府は「正字」を定めることにあまり熱心ではなく,『干禄字書』から『康熙字典』に至るまで,もっぱら中国から「正字」という概念を輸入していました。日本独自の「正字」を定める動きは,1902(明治35)年設置の国語調査委員会から臨時国語調査会,それらを引き継いだ国語審議会によって本格化し,1949(昭和24)年に内閣告示された『当用漢字字体表』によって一応の結論をみます。この時点の日本の「正字」は,『当用漢字字体表』というかたちで定められたわけです。
しかし,戸籍制度をあずかる法務省は,『当用漢字字体表』に対して微妙な態度を取りました。子どもの名に関しては『当用漢字字体表』に制限するものの,氏に関しては『康熙字典』などの「正字」も許すことにしたのです。お尋ねの「姓」(法律用語としては氏)に関しては,古い「正字」も新しい「正字」も許す,という方針にした上で,最終的には,漢和辞典に載っている漢字なら(ほぼ)何でもOKにしました。
その後,『常用漢字表』が1981(昭和56)年と2010(平成22)年に内閣告示され,その一方で,子どもの名に使える「人名用漢字」も追加されました。これらをすべて含むかたちで,氏に使える「正字」の範囲は,どんどん広がっていきました。
現在,日本人の氏に使える漢字は5万5271字(戸籍統一文字),日本人の名に使える漢字は2998字(常用漢字+人名用漢字)が定められています。それとは別に,日本に住む外国人の氏名に使える漢字は,法務省によって1万3287字(入国管理局正字)が定められています。たとえば「髙」は,日本人の氏・外国人の氏・外国人の名には使えますが,日本人の名には使えない,という不思議な状態になっています。戸籍や住民票においては,3種類の異なる「正字」が併存しているわけで,これらをわかりやすく概説した資料は存在せず,専門書(参考文献を3つ挙げておきます)に頼るしかないのが実情です。なお,日本人の戸籍も,外国人の住民票も,いずれもコンピュータで扱うことになっていますが,パソコンなどに搭載されている第1~4水準漢字には,必ずしもおさまりきれていません(表1)。

【参考】

▼ 安岡孝一:新しい常用漢字と人名用漢字─漢字制限の歴史. 三省堂, 2011.
▼ 日本加除出版株式会社編集部, 編:新訂 人名用漢字と誤字俗字関係通達の解説. 日本加除出版, 2011.
▼ 福谷孝二, 他:新しい外国人住民制度の窓口業務用解説─外国人の漢字氏名の表記に関する実務. 日本加除出版,2012.

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