株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

「すみません」の変化

No.4693 (2014年04月05日発行) P.70

笹原宏之 (早稲田大学大学院教授)

登録日: 2014-04-05

最終更新日: 2016-10-18

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

「すみません」という言葉が最近「すいません」という形で定着しているが,どのような経過でなったのか。 (京都府 C)

【A】

「すみません」は「済みません」とも書くように,気持ちが済まない,満たされない,納得いかないという意味で,江戸時代に現れた表現である。その肯定形の常態「済む」が室町時代に気持ちが済むという意味・用法を派生させていたことによる。明治時代には,その否定形「すみません」に,甚大でない場面での謝罪やお礼,依頼などを表す使い方が生じた。
「すまない」「すまん」では,丁寧な感じが薄いので「(こと)です」がついたり,「すみません」がついたりした。そして,よく使う慣用句は概して語形が簡易化する。「どうも」や近畿の「おおきに」も,「どうもありがとう」「おおきにありがとう」などの肝腎の後続部分が略された表現である。
「すみません」も日常で頻用されたため,近畿や東京・埼玉などでは「すんません(近畿では『すんまへん』も)」という撥音便が起きた。「み(mi)」の母音「i」が脱落して言いやすくなったこの形式のほか,「すまんなあ」「すまんけど」など別系統の言い方も生まれた。
関東では,「み」の部分で子音の「m」のほうが脱落して母音だけの「い」に転化した「すいません」という形も,若年層の口頭語から発生したようである。戦後,落語家の林家三平の発するその発音が耳に残っている人もおいでであろう。オノ・ヨーコも同様の発音をビートルズのジョン・レノンに教えたことが知られている。
「みま」とマ行音が連続することによる言いにくさも,そうした省略の背景にあり,同一の要素が連続することによって起こる異化の一種とみることも可能であろう。イ音便と呼ばれるものは,「好き+た」が「好いた」となるように「キ」という音に多く生じ,「シ,リ,テ」にも起きたもので,言語変化としては一定の体系性を持っていた。「ございます」も「ござります」とイ音便が起こる前の形では,かえっておかしいと感じられるほどに定着した。しかし,ミ音にこの転化が起きることは異例だったことに加え,謝罪などを表す表現でありながら,本来の形を崩すことには深刻な反省の気持ちが感じられないとして,受け入れがたいという意識も起こりやすく,気になる,抵抗感があると言われることが多い。
ひらがな表記が増加し,語源意識が希薄になってきていることに,地域性のある訛りや若年層における社会方言であったことも加わって,若年層には,価値に差が感じられないという人もいる。
しかし,概して九州・沖縄,四国,東北では抵抗感が強いことが知られている(塩田雄大・太田眞希恵・山下洋子「『目線』『立ち上げる』も日常語に~平成19年度『ことばのゆれ』全国調査から~」)。
「すいません」は,謝罪などの挨拶語として,「このままでは済みません」などの表現と意味の差を示す区別の効果もなくはないが,語形が崩れるほどにぞんざいさは増すと感じられるようだ。近年はより軽い謝罪に現れるようになった「さーせん」と素早く口にする若者の無神経さに対する非難も,多々見受けられる。

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連求人情報

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top