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速読術の科学的根拠

No.5111 (2022年04月09日発行) P.55

森田愛子 (広島大学大学院人間社会科学研究科教授)

登録日: 2022-04-06

最終更新日: 2022-04-05

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最近の情報社会では,いろいろ信じがたい情報が多くて困っています。たとえば,1時間に何十冊も本が読めるようになるという「瞬読」。これが本当ならば,忙しい現代人にとって大変ありがたい方法に間違いありません。この瞬読の科学的根拠と実用可能性について教えて下さい。ただのでたらめな宣伝と信じたいですが。
(大阪府 C)


【回答】

【比較的簡単に読み速度は上がるが,限度はある】

一般的な読み速度は,日本語では1分間に約400~1000文字と,もともと大きな個人差があります。この読み速度がどれほどまで上がるのかは,確かに多くの関心を集めるところです。

まずは,文章を読むときのメカニズムに基づいて,読み速度の上昇の可能性について説明します。文章を読む際,私たちの眼球は滑らかに文字を追っているのではなく,1点を注視する停留(fixation)と,次の注視点へとすばやくジャンプするサッカード(saccade)とを繰り返しています。つまり,停留とサッカードを短くすれば,ある程度,読み速度は上がります。

第一の要素である停留時間は,読みやすさ,単語の難しさ,読み手の能力,読む目的などによって変動します。よく知っている単語であれば停留時間は短くて済みますが,難しい単語の多い文章を読むときは停留時間が長くなります。第二の要素であるサッカードの距離は,停留時間以上に大きく変動します。1回の停留で多くの文字を読み取れれば,次の注視点へのジャンプを大きくできるわけです。私たちは普段の読書時に,サッカードを最大にし,理解可能な最大速度で文字を読み取っているわけではないため,サッカードを大きくする練習をすると,読み速度は比較的簡単に上がります。平均すると30%くらいは速度を上げることができます1)

しかし,停留時間の短縮やサッカードの拡大によって読み速度をたとえば10倍に上げることは,理論的には不可能です。第一の理由は,そこまで劇的に停留時間を短縮したりサッカードを拡大したりできないためです。第二の,よりクリティカルな理由は,これらは情報の入力速度を上げているだけであり,理解がそれに追いつかなければ速く読めたとは言えないためです。

確かに,特殊な訓練を受けた人などが,通常の約10倍の速さで本を読み,理解もできるといった事例は報告されています。これに関しては,読解の研究者であるレイナー(Rayner)が,読解のメカニズムに基づいて考察しています2)。それによれば,通常の10倍の速さで読めるなどの極端な速読者は,その文章や本の構成に関して多くの背景知識を持っており,それを使って優れた推測をしていると解釈されています。内容を推測できるため,重要なポイントだけを読んで他を読み飛ばすスキミングという読み方を行っているということです。実際,速読研究において,細かいところまで理解できているかを測ってみると,速度が上がるにつれて理解度は下がるというトレードオフの関係がみられることも指摘しています。

つまり,残念ながら理論的には,通常の10倍の速度で読むなどの速読は難しいと言えます。読み速度を上げるならば,地味ですが,語彙量を増やすこと,豊富な背景知識を身につけることが有用です。語彙が豊富であれば,単語認知の速度が上がります。そして,豊富な背景知識があれば,スキミングでほぼ理解できます。スキミングならば,すべてを読まなくてよいわけですから,10倍の読み速度も実現可能かもしれません。

【文献】

1)森田愛子:基礎心理研. 2012;31(1):24-34.

2)Rayner K, et al:Psychol Sci Public Interest. 2016; 17(1):4-34.

【回答者】

森田愛子 広島大学大学院人間社会科学研究科教授

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