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土生玄碩(12)[連載小説「群星光芒」151]

No.4735 (2015年01月24日発行) P.66

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-03-15

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  • 「シーボルトより薬法伝授致し呉れ候う折、謝礼の為、なおまた御紋服差し遺り候段、たとえ私欲に関わり候儀の之無く、不弁之儀には候えども、御国禁に背き候段、不届至極」

    そこで伊賀守は一段と声を張り上げ、

    「之に依りて改易仰せ下しつくもの也」

    判決は死罪にあらず、と判ったとたん、義父は腰が抜けたようにその場に這いつくばった。

    続いて伊賀守が読み上げた玄昌への判決文はまことにあっけなかった。

    「玄碩惣領玄昌儀、父玄碩に不届のむき之有りて改易仰せ付け下す。依りて其の方儀、御切米召し放ち下すもの也」

    玄昌はひれ伏しつつ、あァ、これで親子ともども死罪を免れた、と全身の力が柔柔と抜け落ちるのを覚えた。

    命拾いはしたものの、義父は本丸奥医師の身分を剝奪され、家禄と家屋敷、拝領地、居住地、私有地、家財など一切合切を召し上げられた。くわえて「永牢」を申しつけられ、牢屋敷の揚屋に留めおかれることになった。国禁を犯した義父は死ぬまで牢屋暮らしを強いられたのだ。

    玄昌も西の丸奥眼科医師を罷免され、拝領地、居住地、私有地を没収された。当分、日本橋本町2丁目に町預となり、外出はならず、患者の療治も差し止められた。

    町屋の蟄居は所在ない。親類の者も巻添えを恐れてか、手紙一本寄こさない。

    富蔵だけは夜分こっそりやってきて義父と家人のその後を知らせてくれた。

    「大殿は今のところ御変ありません。若先生の奥様とお子様も無事安芸国の実家へ着きました。玄潭様は大殿の入牢を知ると芝居小屋から居なくなりました」

    それから小声で「仙兵衛様が仰るには天文方の高橋様はすでに亡くなられたのに死罪を申し付けられ、ご子息方も島流しに」

    そして一層声を潜め「例の金樽は木場の水中で無事です」と耳打ちした。

    富蔵の行届いた手配には全く頭が下がった。彼がいなければ義父共ども、疾うに牢屋の中でおかしくなっていただろう。

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