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高野長英(9)[連載小説「群星光芒」173]

No.4760 (2015年07月18日発行) P.72

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-15

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  • 上州吾妻郡の中之条まできた高野長英と昌次郎主従は、長英の蘭学塾『大観堂』の塾頭をつとめた高橋景作の家に旅荷をおろした。景作は自宅よりやや離れた山麓の文殊院に主従を匿った。

    2カ月ほど文殊院に滞在したのち、中之条の沢渡温泉にある福田宗禎の家を訪ねた。宗禎は『大観堂』が全焼したとき景作や柳田鼎蔵とともに再建用の木材を運んでくれた門人である。しかし長英が獄中にある間に亡くなったので、宗禎の妻おスミがねんごろに世話をした。精力漲る長英だが、おスミとの艶聞はなかったようである。

    “草津の治し湯”として知られる沢渡温泉を去った長英は、つぎに伊勢町の鼎蔵の医院を訪れた。鼎蔵の家は代々の資産家であり、長英は当分の間、同家の土蔵造りの2階で翻訳をして過ごした。

    しかし探索方の手は次第に上州にまで及んできた。鼎蔵は町名主に配られた人相書を手に入れて長英にみせた。そこには「放火脱獄犯 高野長英 生国陸奥」とあり、お尋ね者の特徴が詳細に書かれていた。

    一、年齢 四十二、三くらい、老け候
    一、面  長く角ばり候
    一、色  白く眉薄し
    一、目  目尻下がり、黒目赤き
    一、口  大きく唇厚し
    一、丈  高く太り候 
    一、体  尋常
    一、顔 額よりヒゲの辺にかけソバカスあり
    一、髪 厚く、初めは坊主に候えども在牢いたし候えば当時は野良(伸び放題)に相成りおる由
    一、足  毛多くこれあり
    一、歯  歯並揃い入歯の様にこれあり
    一、言舌 静かにて分かり候えども少々鼻にかかり候

    長英は随分くわしい人相書だと妙に感心した。それから数日後のこと。

    「いつまでも逗留しては迷惑になるばかりだ。今後は信州から直江津にゆき、仙台を経て水沢の母者に会いにゆこうと思う」

    長英は鼎蔵にそう言伝して上州をあとにした。

    残り1,460文字あります

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