発達障碍や自閉症などと診断される子どもたちの中で虐待(広義)が絡んでいる事例は決して少なくないことを既に述べたが,どのような点に注意をしていけばそれを見抜くことができるか,1つの事例を取り上げながら考えてみよう。
断っておくが,筆者が大切だと思うのは,発達障碍か虐待関連か,そのどちらかを判断することではなく,母子双方の関係のありようを丁寧に観察して問題の所在を明らかにしていくことである。ややもすれば子どもだけをみては発達障碍とし,母親だけをみては虐待だととらえがちであるが,問題の核心は両者の関係にあると考えているからである。
母親の心配は,息子のことばの遅れと落ちつきのなさであった。満期正常分娩。歩きはじめはやや遅かったが,そのほかの身体運動発達に異常はなかった。1歳4カ月頃にやっと歩きはじめると,どこへでも行ってしまい,しばしば迷い子になるほどで,落ちつきのなさが目立ちはじめた。発語は8カ月頃と早かったが,「ママ」などの単語は聞かれたものの,以後ことばの数はさほど増えなかった。なぜか赤ん坊の頃から母親は子どもに英語のビデオを見せ,英語で声かけをするなど,過度に教育熱心なところがあった。2歳となり,ことばの数は増えてきたが,それは日本語と英語の両方だった。
栄養は混合乳で,昼夜問わずよく飲んだ。1歳8カ月で遠方への旅行をきっかけに断乳した。以後,子どもは母乳を欲しがらなくなった。排泄訓練は7カ月から始め,10カ月頃でほぼ自立しかけていたが,つかまり立ちをするようになってからパンツを嫌がりはじめ,今ではオムツを使用している。人見知りはこれまでまったくなく,母親の後追いをすることもなかった。知らない人にも平気で抱っこを要求する。絵本を見るのが好きで,パズルも得意である。動物が好きで名前もよく覚えている。歩きはじめると,知らない子どもや友達をつねったり叩いたりすることが多くなった。最近ではかみつくこともあるという。
1歳6カ月健診時,母親はことばの遅れが心配で相談したが,2歳まで様子をみるように言われた。2歳になってもことばが伸びなかったので,保健師からことばの教室を紹介された。子どもは集団行動が苦手であり,列からはみ出したり,急に窓から外の車を見たりするため,保健師から個別相談を勧められた。個別相談では,某子ども療育センターを紹介され,2歳4カ月頃から通いはじめた。療育センターでは,担当医に軽度の自閉症と言われた。そこで出会った母親たちから筆者を紹介されて受診となったケースである。
初診時,母親は育児に対して強い不安を持ち,自分の生い立ちや自分の両親について次から次へと喋りまくる。子どもの話に戻しても,すぐに自分の母親の話になる。療育センターで障碍告知を受けてショックを受けたという割には明るく語るので,子どものことでどこまで不安を持っているのか疑問に感じるほどである。自分の生い立ちが子どもにどのように影響しているのか,とても気になっているとも言う。
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