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海と畳[炉辺閑話]

No.4889 (2018年01月06日発行) P.124

丸山眞杉 (宮崎大学医学部長)

登録日: 2018-01-08

最終更新日: 2017-12-21

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日本の家屋といえば畳であろう。私も生まれてからずっと畳の生活を送っていた、ある時期までは。というのも、いっぱしの社会人になるといろいろ物が増えてくる。熱帯魚を飼い、夜中に水槽の明かりだけで、ウイスキーをちびちびやるという贅沢も学習する。本棚も増殖する。広い家なら問題ないが、倹しい生理学者にとって小さな借家に住むのが限界であった。したがって、6畳ほどの畳の部屋がすべての活動の根城となる。そうなると、畳は快適で清潔感溢れる床素材とは言えなくなってくる。そして、結婚前の妻が部屋の掃除をしようとして畳にニョキニョキ生えるキノコを発見するに至った。漫画では見たことがあるが、と感動していた(感動ではないかもしれない)。

そこで自宅を建てるとき、畳を一切排除する決断を下したのである。以来、本棚も傾かず大変満足して暮らしてきた。

しかし、齢を経るにつれて、畳への憧れが少しずつ募るようになってきたのである。何故か?DNAかもしれない。死ぬときは自宅で、などとも考えているうちに、畳の存在がさらに頭の中で大きくなってきた。そして遂に、わが人生最後の望みは「畳の上で海を見ながら死にたい」という一点に凝縮したのである。しかし、わが家でその望みを叶えることは不可能であった。何せ一畳の畳もなければ、海も見えないのである。

理想の場所を探すべく宮崎県内をあちこち探し回った結果、美しい砂浜と藍色の日向灘を望む絶好の場所を見つけ出した。小さな平屋を建て、念入りに角度を計算して海に臨む畳の部屋を配置した。周囲の心配をよそに防風林も取り払い、海を臨むことに命を掛ける仕様とした。

もちろん、最後の場所や時間を選択できる幸運はそうは巡ってこないのは承知している。出張の夜、新橋の飲み屋の裏口で人知れずあの世に行くことも十分にありうる。しかし、野望を達成できる可能性は有意に増加していると思う。

ただ、最近気がついた。布団で寝てしまうと防波堤が邪魔で海が見えない。どうしようか思案中である。防波堤を壊すわけにも、むっくり起き上がって死ぬわけにもいかないし。

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