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被災地の人から学ぶ [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.115

山田隆司 (公益社団法人地域医療振興協会台東区立台東病院管理者)

登録日: 2017-01-04

最終更新日: 2016-12-26

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大震災からはや6回目のお正月である。震災以前より法人として関わりがある女川町は町の被災率が最も高かっただけに、その変貌ぶりには目をみはるものがある。まったく見る影もなく壊滅してしまった町の中心部に真新しい駅舎が再建され、そこから海岸へ直線に伸びる町並みが美しい。週末には訪れる人も多く、その賑わいを見ても被災地のトップランナーと言われているのも頷ける。生まれ変わった新しい町が出現し、そこに再生の息吹が感じられる。

昨年秋、その一角にある女川町まちなか交流館にて地域医療センターの職員と3年ぶりのワークショップを行った。そもそも、その場所は以前、町の保健センターがあったあたりだとか。大規模な嵩上げ工事は以前の町の記憶を取り戻すことを既に難しくしてしまっている。今も残っているのは高台にあった地域医療センターのみで、そこと海岸線から以前の町を想像するしかない。

ワークショップで町の課長さん、保健師さんから町全体の移り変わり、町としてのこれまでの取り組み、現状の課題や将来への展望をそれぞれお話し頂いた。発災直後の避難所の風景や、その後の仮設住宅での有り様などをお示し頂き、聞くものに町民の味わってきた苦労を改めて実感させる迫力のあるお話しだった。生き残ったほとんどすべての町民が未曾有の大津波を目の当たりにし、恐怖に震え、かけがえのない肉親を失い、住居や思い出の詰まった地域を喪失し、様々な苦渋を強いられながら、かろうじて命をつなげてきたことを改めて思い知らされた。

一方で、それ以上に感慨深かったのは、町の職員が町長を先頭に、変化し続ける状況に立ち向かい、町民を守るべく最前線で戦ってきたその活躍ぶりである。地域医療センターの多くの職員もそうであるが、自らも被災者でありながら、自己犠牲を払いつつ地域住民を守ってきたというその潔さは心震えるものがある。
困っている身でありながら、さらに困っている人に目を向け、施しをする。地域住民のサービスに関わるもののプロフェッショナリズム、その原点、真髄を教えてもらった時間であった。

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