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心房細動を合併する慢性腎臓病に対する抗凝固療法 【ワルファリン投与にあたっては出血性合併症に最大の注意を払う】

No.4814 (2016年07月30日発行) P.61

常喜信彦 (東邦大学医療センター大橋病院腎臓内科 診療部長/准教授)

登録日: 2016-07-30

最終更新日: 2016-10-30

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【Q】

保存期・透析期を問わず,心房細動を合併する慢性腎臓病(CKD)の症例が増加しています。日本透析医学会の「血液透析患者における心血管合併症の評価と治療に関するガイドライン」によると,透析患者に対するワルファリン投与は原則禁忌となっていますが,現実的には使用されている症例も比較的多く見かけます。保存期を含め,心房細動に対する抗凝固療法に関して,投与の是非を決定するポイント,PT-INRの目標について,東邦大学医療センター大橋病院・常喜信彦先生のご教示をお願いします。
【質問者】
稲熊大城:名古屋第二赤十字病院 腎臓内科・血液浄化療法部部長

【A】

エビデンスに基づいて結論を述べると,この疑問に対する明確な答えが出ていない,というのが現状です。まず,透析患者を対象とした報告を要約してみます。
わが国の透析患者の脳血管障害による死亡は漸減傾向にありますが,死因の7.1%を占めており(文献1),発症後の予後,ADLの低下を考慮すると依然として重要な疾患です。透析患者では心房細動の合併が多く,透析歴が長くなるにつれてその合併率は顕著に増加します。血液透析導入期に心房細動を合併していた外来維持血液透析患者1671例を対象にした後ろ向き研究では,ワルファリン内服により脳出血だけでなく脳梗塞のリスクも増大したことが報告されています(文献2)。特にこの研究では,PT-INRが2を超える患者では,そのリスクが高くなることが示されており,PT-INRを2以上に管理することに対して警鐘を鳴らした報告として位置づけられています。
一方で,非弁膜症性心房細動患者13万2372例を対象にワルファリンの脳卒中・血栓塞栓症の予防効果を検討した報告の中で,透析患者(901例)のみの検討ではワルファリン服用により脳卒中・血栓塞栓症のリスクは半減することを報告しています(文献3)。この結果は,血液透析患者でも心房細動例に対するワルファリン投与の必要性を示唆しています。ただし,その後報告されたメタ解析(文献4)では,透析患者においては健常人で得られるようなワルファリン投与による脳梗塞の予防効果は期待できず,出血合併症のリスクが有意に高くなるとの結論が出ています。
さらに,最近の報告では腹膜透析患者に限定すれば,ワルファリンによる脳梗塞予防効果が得られること(文献5),わが国からの血液透析患者を対象とした小規模前向き研究では,ワルファリンによる脳梗塞予防効果は確認されませんでしたが,出血性合併症のリスクも高くなるわけではないことが報告されています(文献6)。
以上を総合的に解釈すると,健常人でのワルファリン投与適応を前提に,透析患者では,①出血リスクの低い症例(出血性合併症の既往がない,血圧管理が良好,抗血小板薬を併用していない,転倒リスクがないなど),②目標PT-INRを健常人よりも低めに設定(PT-INRが2前後),を意識し,個々の症例のriskとbenefitを判断しながらテーラーメイドに対応する,というあいまいな結論にならざるをえません。
こういった透析患者の対応を,そのまま保存期腎臓病患者に当てはめるかについては疑問が残ります。今度は保存期腎臓病患者に焦点を当てて,報告を整理してみます。前述した非弁膜症性心房細動患者13万2372例の報告の中で,保存期腎臓病患者(3587例)のみの検討ではワルファリン服用により脳卒中・血栓塞栓症のリスクは16%低下(ただしP=0.07),出血性合併症のリスクは36%増加(P<0.001)と報告しています(文献3)。残念ながら,CKDのステージについては言及していません。
別の方向から考えてみることにします。ワルファリン使用によって出血性リスクが高くなるCKD stageを確認することで,透析患者に対する考え方をどのCKD stageから当てはめればよいかを考えてみます。ワルファリン使用中のPT-INRに対する腎機能の影響を検証した報告ではeGFR
45/分/1.73m2(以降,単位は略)未満でPT-INR異常逸脱値(>4)が高頻度となり,特にeGFR 30未満では顕著になることが強調されています(文献7)。eGFR 30未満は,別の報告においてワルファリン使用中の出血リスクが著しく高くなる時期と一致しています(文献8)。また他の報告では,eGFR 30未満では,ターゲットのPT-INRを維持するために,腎機能が正常な対象に比しワルファリン投与量を20%減量することを示唆しています(文献9)。
以上をまとめると,心房細動合併腎臓病患者に対する脳血栓塞栓症予防目的のワルファリン投与は,出血性合併症に最大の注意を払い,そのリスクが脳血栓塞栓症予防の期待効果を下回ると考えられたときに使用する,出血性合併症のリスクはCKD 4期以降で急激に上昇する,したがって,その時期以降では,PT-INRの目標値を下方修正し,かつワルファリン投与量の減量も考慮する,と考えるのが一般的です。

【文献】


1) 日本透析医学会統計調査委員会, 編:図説 わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在.
[http://docs.jsdt.or.jp/overview/]
2) Chan KE, et al:J Am Soc Neprol. 2009;20(10):2223-33.
3) Olsen JB, et al:N Engl J Med. 2012;367(7):625-35.
4) Shah M, et al:Circulation. 2014;129(11):1196-203.
5) Chan PH, et al:Europace. 2016;18(5):665-71.
6) Wakasugi M, et al:Clin Exp Nephrol. 2014;18(4):662-9.
7) Limdi NA, et al:Am J Kidney Dis. 2015;65(5):701-9.
8) Limdi MA, et al:Am J Kidney Dis. 2013;61(2):354-7.
9) Limdi NA, et al:Am J Kidney Dis. 2010;56(5):823-31.

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