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自殺企図時の状態の診断に妥当性はあるか?保険は適用される?

No.4776 (2015年11月07日発行) P.68

松本俊彦 (国立研究開発法人国立精神・神経医療研究セ ンター精神保健研究所薬物依存研究部部長/ 自殺予防総合対策センター副センター長)

登録日: 2015-11-07

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

自殺企図(薬物)で入院した患者が一般病院の精神科に紹介され,退院2週間後に外来受診しました。過去に精神科受診歴がなく,受診時点では大うつ病の症状はありませんでしたが,保険組合から,自殺企図時点でうつ病であったと診断されれば入院費が保険適用になるとのことで判断を要請されました。
過去の診断をすることの妥当性について教えて下さい。また,どの程度の精神疾患なら保険適用となりますか。たとえばストレス反応,適応障害などはどうでしょうか。 (茨城県 T)

【A】

健康保険法では,自殺未遂による傷病の治療に関して,「故意に給付事由を生じさせたときは,当該給付事由に係る保険給付は,行わない」と規定されていますが,その一方で,「精神疾患等に起因するものと認められる場合は……保険給付等の対象としております」とも書かれています。
この規定は,読み方によっては「精神疾患に起因しない自殺未遂」,あるいは「精神疾患に罹患していたことが証明できない自殺未遂」は保険給付の対象とならないとも読める書きぶりです。実際,医療機関の側もそのような解釈に基づいて,自殺未遂者本人や家族に高額な医療費を請求し,トラブルとなる事例が国内各所で発生しました。
こうした事態を受けて,厚生労働省保険局は平成22(2010)年5月21日付で,「自殺未遂による傷病に係る保険給付等について」という通達を出し,改めて「精神疾患等に起因するものと認められる場合は保険給付等の対象となる」ことを周知しています。ここで注意が必要なのは,この通達は決して「精神疾患に起因しない自殺未遂は給付の対象とはならない」ことを強調するものではなく,むしろ,自殺未遂者ケアの必要性を強調したものであるという点です。
この通達が出された直後に,筆者は厚生労働省に通達の趣旨を直接確認しました。当時の担当者の説明では,保険給付の対象とならない「故意の自殺」とは,いわゆる「当たり屋」のような,何らかの利得目的による自傷行為を想定しているとのことでした。要するに,自殺未遂による傷病は,原則として給付対象となると考えてよいでしょう。
以上をふまえて質問に回答します。
第一の質問,「過去の診断をすることの妥当性」について。この場合に求められているのは「蓋然性の高い診断」であって,学術的に厳密な診断ではありません。同様の診断としては,刑事責任能力鑑定において求められる「犯行当時」の診断があります。その場合,過去の生活状況や現在の精神状態から推測し,最も蓋然性の高い診断が選択されます。なおその際,精神科治療歴の存在は必須ではありません。
質問で言及されている患者の場合,一般病院で治療を受けた後に精神科に紹介されています。この事実は,「精神科治療が必要な状態」という医学的判断が存在したことを意味し,何らかの精神疾患に罹患していたという蓋然性が高いと言えます(もしもその後,精神科への継続通院の事実があれば,その蓋然性はさらに揺るぎないものとなるでしょう)。
次に第二の質問についてですが,保険病名としてリストされている精神疾患はすべて,「故意の自殺」を否定する根拠となりえます。したがって,ストレス反応や適応障害を背景とした自殺未遂による傷病は,保険給付の対象となります。

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