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あの夏の風景 [プラタナス]

No.4754 (2015年06月06日発行) P.3

鈴木富雄 (大阪医科大学地域総合医療科学寄附講座教授)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-17

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  • 20年以上前、私は、地方の病院で駆け出しの内科医として毎日を送っていた。週に一度、車で3、40分離れた山間部の診療所にも通っていた。当時、既に高齢化率30%を優に超えていたその地域は、日本海に注ぐ一級河川の豊かな恵みを受け、田畑と深い山の緑に包まれ、たおやかな風景が広がっていた。

    患者達は例外なく皆高齢ではあったが、慎ましくもたくましく暮らしていた。裏の畑で野菜を作り、ニトロを飲みながらも草引きをやめない彼女達は、事あるごとに入院を固辞した。入院生活が続けば、自分たちの命と等しく、あるいはそれ以上に大事にしている農作物が駄目になってしまうからだ。何十年とその土地で年月を重ね、自分にとって何が大切なのか、生きる喜びは何であるのか、しなやかだが確固たる信念があった。地に足をつけて生きる。その言葉の意味とともに、医療の持つ真の目的を教えられた。

    自宅での看取りも数多く経験した。人は点滴などせず自然のままであれば、亡くなる日時は大体予想がつくことを学んだ。「おそらく、明日の夜ぐらいでしょう……」。その通り、皆静かに旅立っていった。

    交通手段もなく、寝たきりで診療所に来られない患者のところへは訪問診療に出かけた。地元を知り尽くした看護師のKさんが運転するライトバンで山中を回った。何軒か回り、診療所に戻る頃にはライトバンの後ろは野菜で一杯になっていた。

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