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肥後守 [エッセイ]

No.4808 (2016年06月18日発行) P.72

由富章子 (由富内科眼科医院(熊本県玉名市))

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-24

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  • 由富医院はいまだに紙カルテ、記載には赤青の色鉛筆が欠かせません。

    ところでこの色鉛筆。丸い上に芯が軟らかいせいか、油断をするとさあ大変。コロコロとデスクから転がり落ちて、芯がポキリ、折れてしまうのです。うーむ、こうなったら「あれ」を使うしかないな。文房具屋に用があるという事務員(20歳代男性)に頼みます。

    「ついでに肥後守を買ってきてくれない?」
    「ヒゴノカミ?」

    みるみる翳る彼の顔。

    「竹ひごと紙ってことですか」

    今度はわたしが驚く番。

    「肥後守って、ほら、折りたたみ式の小刀で、鉛筆とか削るもののこと」
    「だったら鉛筆削りを使えばいいじゃないですか」

    いや、それじゃあね、円錐形にしか削れず思うような形にできないので不便でしょう。芯をそのまま出して、先端は丸くしておきたいの、好みの太さにするには自分で削るしかないのだからね、と説明しても納得してもらえません。

    不承不承出かけていった彼が手にしていたのは400円ナリの小刀。文房具屋で肥後守と告げると即座に持ってきてくれたそうです。それにしても男性であっても小刀を見るのが初めてなんて、これぞまさしく「びっくりぽん」。

    もっとも、わたしだって普通の鉛筆には電動の鉛筆削りを使います。しかし、色鉛筆に限って言えば、先端がとがりすぎるので勝手が悪いのです。機械式の場合、途中で引き抜くと断面が汚いし、次に試したカッターナイフも、事務用のものは歯が薄くて使いづらい。それならば小刀はどうだろうと閃いたのでした。

    結果は○。もっとも、この400円の小刀は本物ではないようです。現在、登録商標をとっているのは兵庫県の永尾駒製作所1社で、肥後守という名前も、発売当時、取引先の多くが熊本だったことからのネーミング。残念ながら熊本県産ではありません。永尾駒製作所のホームページで検索すると4000円を超える高級品がずらり並んでいて、切れ味はさぞかしと思うのですが、鉛筆を削るだけならば安物で十分。あっという間に削り終えるから、さほど面倒ではありません。

    実は、包丁も砥石で研いでいます。もらった電気式のものは仕舞い込み、砥石でさっと研ぐほうが、わたしにとっては手っ取り早いのです。アナログな道具は電気代もかからないし、場所も取らないし、第一めったなことでは壊れないのが有難いですよね。それに引き替え、パソコンなどの電子機器はすぐ壊れるし型遅れになるし、修理代も高いのが困ります。何より癪に障るのは融通が利かないこと。人工知能はその難点も克服してくれるでしょうか。

    もちろん、すべての電気製品を否定しているわけではありませんよ。金盥よりは電気洗濯機、ほうきよりも電気掃除機、毎日使っている電子レンジは16年故障知らずの優れもの。この原稿を打っているのもパソコンです。要は使いわけ、それとも好みかな。されど私見を述べれば、カッターナイフより小刀のほうが断然面白いと思います。包丁であれメスであれ、なまくらはいけません。切れない刃物に当たるとキレそうになる医者はわたしだけ?

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