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果ての二十日 [エッセイ]

No.4763 (2015年08月08日発行) P.70

由富章子 (由富内科眼科医院(熊本県玉名市))

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-14

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  • 「あの人はね、のこぎりが脚に当たって歩けなくなったんだと」

    いつも元気なAさんを見かけなくなって、はや半年。どうされたのか近所の人に尋ねると、けがをしているとの返事です。

    「果ての二十日に裏山で木を切ったりするから、罰が当たったんじゃ」

    「え?ハテノハツカですか」

    「12月20日のことたい。その日は山仕事をしてはでけんと。神様が怒らすから」

    最初は熊本県和水町の、標高200mしかない「かむろ山」の神様の機嫌を損ねたのかと思ったのですが、辞書を繰ると確かに西日本には「果ての二十日」なる斎日(いみび)があるそうです。地域によっては、12月の20日または13日を「山姥の洗濯日」と言って、その日は必ず雨が降るから洗濯をしない風習があるとも書かれていました。

    平成の世にもそんなジンクスが?小首をかしげるわたしに、「まだある」と患者さんは言います。

    「一日(ついたち)に医者にかかると治りが悪い」

    ああ、それで月初めは閑古鳥が鳴いていたのですね。わたし自身は縁起を担ぐ人間ではありませんが、頭から否定するのも大人気ないし、経験から出た昔の人の知恵を迷信と決めつけることはできません。

    それどころか、まったくその通りと、膝を打つジンクスがこれ。

    『柿が赤くなると医者が青くなる』

    熊本では、柿ではなく「ミカンが色づくと……」とも言います。気候の良い秋に病気になる人は少ないし、農家は稲刈りや果物の収穫に勤しんでいるし、余裕のある人は旅行しているし、世間の皆様が忙しいときほど医者は暇。わたしもこの時期には学会に出かけています。



    出所不明の都市(熊本だから田舎かな)伝説を、専門の眼科に限って列挙してみましょう。

    『眼鏡をかけると老眼が進む』

    『白内障は目が見えなくなるまで手術できない』

    『緑内障は白内障よりたちが悪い』

    『目のかすみにはブルーベリー』

    「どこで聞いた話ですか」と尋ねると、答えは決まって「皆がそう言っている」からだそうですよ。「皆」がくせもので、特定の誰かでもなければ、本からの知識でもありません。とりわけテレビコマーシャルの影響は絶大です。

    病院の薬は飲みたくない、手術はいや、年金生活で苦しいと言うある女性患者は、次々にサプリメントを購入しては「効かない」と文句を言い、また次を試すという具合で、かなりの金額がサプリメント代に消えています。それくらいなら1割負担の薬を飲んだほうがよいのにと、これはいらぬおせっかいでしょうか。それほど薬嫌いなのに当院を受診するのもおかしなことです。確かに眼科ですから目薬しか処方しませんが、患者心理は難しい。

    ちなみに、本人曰く、若かりし頃は医者の愛人をしていて先生と開業していたが、先生が亡くなった後は遺産を全部本妻が持っていったので、今はお金に不自由しているのだとか。確かに、昔は美しかったのでしょうね。面影が残っているだけに、ちょっとわびしい。

    しかし、この手の自慢、あるいは妄想は、女性だけとは限りません。男性だと、やくざにもにらみを利かせていたとか、ギャンブルで食べていけるほどの腕前だとか、武勇伝が多いのがご愛嬌。医者になりたての頃は素直に感心していたのですが、今は年の功で相づちを打つのが上手になりました。

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