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ガルシア=マルケスの『コレラの時代の愛』─続・文学にみる医師像 [エッセイ]

No.4754 (2015年06月06日発行) P.70

高橋正雄 (筑波大学人間系教授)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-17

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  • 名医ウルビーノ

    1982年ノーベル文学賞を受賞したコロンビアの小説家ガブリエル・ガルシア=マルケス(1928〜2014)が1985年に発表した『コレラの時代の愛』(木村滎一訳、新潮社)は、19世紀後半から20世紀にかけての中南米の港町を舞台にした物語である。この町は、18世紀にはカリブ海で最も繁栄した商業都市だったが、その繁栄は、アフリカ人奴隷を売買するアメリカ大陸で一番大きな市場という不名誉な特権によるものだった。

    フベナル・ウルビーノ博士は、この町の上流階級に属する医師の子として生まれ、パリに留学して医学を修めた。博士が帰国する直前、この町ではコレラが大流行し、3カ月足らずで住民の4分の1が亡くなり、その中には名医として知られていた博士の父親も含まれていた。

    だが、フランスから帰ったばかりの博士は、最新のドラスティックな方法でこの地方を荒廃させたコレラの流行を食い止めた。こうして、早々と手に入れた名声と相続した財産をもとに、博士はカリブ海地方では長い間最初にして唯一であった医学協会を創設し、その終身理事長に納まった。また、この町で最初の水道橋と下水網を整備し、塵芥がラス・アニマス湾に流れ込まないように屋根つきの公設市場を建設するなどの公衆衛生対策も講じた。

    そして、81歳になった今、博士は「この地方で並ぶもののない社会的地位と名声を手に入れた」。博士の右耳はだんだん聞こえなくなり、足元もおぼつかなくなっていたが、若い頃と同じように身だしなみに気を配る博士は、オーデコロンの匂いで息が詰まりそうな浴室でシャワーを浴び、口ひげをチックで固めて、白いリネンのスーツにフェルトの帽子といういでたちで出かけていたため、「この上もなく優雅で上品な人」としても知られていた。

    しかし、その一方で、博士には知識をひけらかすきらいがある上に、自分の名前を使って人を意のままに動かそうとするやり方が鼻持ちならないというので、本来ならもっと愛されてしかるべきなのに、それほど住民から好かれてはいなかった。

    そもそも、博士の診察料は高かったため、一般の人は診察を受けることができなかったし、博士に診てもらえるのは、ロス・ビレイエス地区に住んでいる名家の人たちに限られていた。博士は自殺者の検死を行う際にも、「死亡診断書にサインをするのがこのわたしだということを忘れんようにな」、「市長には後でわたしから伝えておく」、「必要なら、知事にはわたしから話しておく」など、居合わせた警部に自分の部下のような口の利き方をする人物だったのである。

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