2022年、わが国慢性透析例の19%は心不全(HF)で死亡した [花房ほか、 2023] 。近年こそ減少傾向にあるが、1990年代半ばからHFは透析例における死亡の20~25%を常に占めてきた。
アンジオテンシン・ネプリライシン阻害薬(ARNi)はACE阻害薬に比べ、左室機能低下HF(HFrEF)例の心血管系(CV)死亡とHF入院を有意に減少する[PARADIGM-HF試験]。しかしこの知見を透析例に外挿できるかどうかは微妙なようだ。米国大規模実臨床データを用いた擬似ランダム化比較の結果として、ジョンズ・ホプキンス大学のDustin Lee氏らが8月20日、JAMA Network Open誌で報告した。
今回報告されたのは、米国公的保険受給者データを用いた標的試験エミュレーション(TTE)、すなわち、観察データを用いた擬似ランダム化比較である。ARNiとRAS-i(ARB/ACE阻害薬)の間で血液透析下HFrEF例の「死亡」リスクなどに対する影響が比較された。
解析対象の母体は、(1)HFrEF診断歴のある18歳以上で、(2)血液透析開始から90日以上生存し、(3)ARNiかRAS-iを新規に開始した3万1088例である(ARNi群:1434例、RAS-i群:2万9654例)。米国高齢者公的保険受給者から抽出した。
次にARNi群とRAS-i群の背景因子を揃えるべく傾向スコアマッチが実施された。その結果、解析対象となったのはARNi群、RAS-i群とも1434例ずつとなった。
・背景因子
平均年齢は64歳、女性が35%を占めた。心保護薬の服用状況はβ遮断薬服用率が78%、アルドステロン拮抗薬が6%、SGLT2阻害薬はほぼ皆無だった。
・総死亡
観察期間中央値0.9年間の死亡リスクはARNi群でRAS-i群に比べ有意に低くなっていた(ハザード比 [HR]:0.82、95%信頼区間[CI]:0.73-0.92)。発生率を比較すると(ARNi群 vs. RAS-i群)、1年後が28% vs. 34%、2年後で46% vs. 53%だった(検定なし)。
・全入院
同様に全入院リスクもARNi群で有意に低下していた(HR:0.86、95% CI:0.79-0.93)。
・CV死亡/入院
一方、CV死亡HRはARNi群で減少傾向も認められず(HR:1.01、95% CI:0.86-1.19)、HF入院リスクにも有意差はなかった(ARNi群のHR:0.91、95% CI:0.82-1.02)。
・安全性
低カリウム血症頻度はARNi群で有意に低かった(HR:0.71、95%CI:0.62-0.81)。また低血圧には差がなかった(HR:0.99、95%CI:0.83-1.19)。
PARADIGM-HF試験とは異なり、「CV死亡」と「HF入院」リスクがARNi群で減少しなかった。その理由としてLee氏らは、実臨床における「誤分類」(「死亡」と「全入院」は誤分類の影響を受けない)と「検出力不足」の可能性を指摘している。
本研究は米国心肺血液研究所、並びに米国糖尿病・消化器・腎研究所からのグラントを受けた。