旅立った後は、祈るだけ。
Aさんに出会うまでは、そんな心持ちだった。
刑務所などの矯正施設で精神科医として働いてきて、受刑者が健康に刑を務められるように心を砕いてきたつもりだが、病気が治っていようといまいと、刑期が終われば受刑者はそこを去る。精神科の場合、直接入院になるような症例を除けば、紹介状を片手に彼ら自身が生活の場や医療機関を探すことが多い。こちらは最後の診察で「頑張って」と声をかけ、旅立った後は幸運を祈るだけ、というのが常だった。
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