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精神疾患のヘルスサービスリサーチ【臨床医に伝えたいヘルスサービスリサーチ(6)】

No.5173 (2023年06月17日発行) P.39

黒田直明 (つくば市保健部,筑波大学医学医療系ヘルスサービス開発研究センター,コミュニティクリニック・つくば)

登録日: 2023-06-18

最終更新日: 2023-06-16

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  • 1. はじめに

    今日の精神医学では,科学的根拠に基づく薬物療法と認知行動療法をはじめとする心理療法を駆使すれば,患者の社会復帰と高いレベルでのQOLの維持が射程に入るようになった。しかしながら,重度精神疾患の治療サービスの仕組みは入院中心の旧来の精神医療から脱却しきれてはいない。また,うつ病や不安症などのcommon mental disordersの社会への疾病負荷が疫学研究によって示されてきたことから精神医療への期待の範囲が拡大しているが,そのような需要に精神医療サービスが単独で応じていけるとは考えにくい。このような課題の克服のためには,ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)の方法論が必要となる。HSRは健康上のニーズのある人々が効果的な治療にアクセスでき,その治療が適切に実施されているか,患者に治療効果が享受されているか,などを科学的に評価することによって改善策を提案する学問領域である。

    本稿では,最初に精神医療サービスの質を評価するための枠組みであるマトリックスモデルを共有した上で,精神疾患のHSRの具体例をマトリックスモデルと関連づけながら紹介する。そして今後の展望として,日常診療のアウトカム測定によって精神医療サービスの質向上を図ろうとする海外の動きを紹介していく。

    2. 精神医療サービスの評価軸

    精神医療サービスの評価の研究と実践は,英国のソーニクロフトらによるマトリックスモデルに体系的にまとめられている(表1)1)。本モデルはサービス提供を横方向の時間軸と縦方向の空間軸で分割することで,ステークホルダー間の役割分担が明確になり抜け漏れが生じにくい点で優れている。横方向の時間軸は,サービスのための人的・物的資源の確保に関する準備段階,サービスの実行のされ方に関する実行段階,サービスの効果(アウトカム)を評価する評価段階に区分される。これらは,ヘルスサービスの質の評価でしばしば参照されるDonabedianによるストラクチャー,プロセス,アウトカムの概念とおよそ対応している。縦方向の空間軸は,国レベル,市町村ないし日常生活圏域レベルの地域レベル,個別医療機関レベルの個人レベルに区分される。

     

    個人レベルの特徴として特筆したいのは,ニーズの評価,患者や家族への情報提供,満足度が重視されていることである。医師の視点で抽出した「診断」に対してエビデンスのある治療を実施するということに加えて,患者目線でのニーズを見出し,対応することが治療の継続性や最終的なアウトカムに大きく影響するからである。

    臨床医は日々診察室を訪れる患者の対応に忙殺されている。「頻回の支援を要する事例を複数抱えており,診療全体を圧迫している」「行政や福祉の支援者を紹介しても,うまくつながってくれない」「個々の医療機関の努力のみでは,地域の精神医療サービスは向上しない」。このような臨床医の苦悩に対応するのが,本モデルでも特に重要な地域レベルの役割であり,保健と福祉の財源やサービスの連携とバランスの調整,地域の精神医療ニーズの把握と優先度の高い患者群の同定,ニーズに合ったサービスにつなぐこと,などが含まれる。精神疾患の有無を問わずに生活や社会参加を支えていく「精神疾患にも対応した地域包括ケアシステム」の施策においても,地域レベルの実行段階の評価がきわめて重要となるであろう。

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