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別府への船旅 さんふらわあ/出口治明学長訪問/『由布院ものがたり』[なかのとおるの御隠居通信 其の10]

No.5157 (2023年02月25日発行) P.66

仲野 徹 (大阪大学名誉教授)

登録日: 2023-02-22

最終更新日: 2023-02-21

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新型コロナの流行以来、旅行らしい旅行はご無沙汰してましたが、ようやく開放感が出てきました。2泊3日(弱)と短かかったけど、ひさびさの温泉旅行に。

別府への船旅 さんふらわあ 

大阪から別府へは空路・陸路・海路の3通りがある。もちろんこの順で速いが、隠居なので時間は腐るほどある。長らく船旅などしていないし、大阪・別府航路のフェリー、さんふらわあ号で行くことに決めた。

さんふらわあ号は大阪南港を夕方に出帆する。船内には「♪さんふらわあ、さんふらわあ、太陽に守られて」という、少なくとも大阪ではおなじみのテーマソングが流れていた。しかし、デッキに出ている人などほとんどおらず、いささか味気ない船出だった。唯一旅情がそそられたのは乗船終了を告げるドラの音だけで、ちょっと残念。

とはいえ、結構おもしろかった。見どころは3つの本四架橋を通過する時だ。来島海峡大橋は真夜中だったので見なかったけれど、明石海峡大橋と瀬戸大橋の下をくぐるのは壮観だった。さすがにこの時はデッキに人がたくさんいた。星空もきれいだったし、これだけでも値打ちありましたわ。

別府に着くなり、竹瓦温泉で一風呂。浴室だけでカランもない素朴さだが、大きな湯船をひとりじめ。別府温泉を大観光地に育てた油屋熊八は「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを考案したという。これで早くも二者制覇やん。

別府といえば、誰が何と言おうと地獄めぐりである。100℃近い源泉7つを見て回るのだが、青白色の海地獄、真っ赤な血の池地獄、間欠泉の龍巻地獄などそれぞれに趣が違って面白い。小雨の中を寂しく見物し、立命館アジア太平洋大学(APU)へ。

 

出口治明学長訪問

今回の旅、最大の目的はAPUの出口学長への表敬訪問である。一昨年の1月に脳出血で倒れられたが、厳しいリハビリをこなして復帰されている。その過程は『復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる』(講談社現代新書)に詳しい。感動ものの一冊だ。

出口さんは、日本生命を退社後、ライフネット生命を創業、2018年からAPUの学長を務めておられる。ノンフィクションレビューサイトHONZ.jpがご縁で10年程前からの知り合いだ。ウソみたいだが、初めてお目にかかった時、ほんの数分で尊敬し始めた。妻は最初、それは勘違いに違いないと訝っていたが、ご本人にお目にかかった後、その気持ちがわかったと意見を変えた。

HONZのメンバーと、出口さんが読売新聞の読書委員を務めておられた時の仲間とで会いに行こうということになったのである。ノンフィクション作家、書評家、大学教授など男女半々の総勢10名、にぎにぎしく出口さんとの再会を喜び合った。

言葉が出にくくてもどかしそうだったけれど、4月に新設されるサステイナビリティ観光学部などについて熱く語られる出口さん。その意欲と変わらぬ知的好奇心には頭が下がる。ひと目会ったその時に尊敬できると思った私の目に狂いはなかった。って、ちょっとえらそうすぎるか。

スタイリッシュな車椅子をキビキビ操られる出口さんに、思わず、むっちゃかっこええですけど、なんぼくらいしたんですか、としょうもない質問をしてしもた。レンタルらしい、どうでもええけど。

『由布院ものがたり』

面会の後、APUの学生にみんなのオススメ本を紹介するイベントがあった。私のイチオシは、伊藤亜紗さんの『体はゆく できるを科学する』(文藝春秋)だ。スポーツや音楽で身体的な動きが「できる」ようになるとはどういうことなのか。最新のテクノロジーを用いた解析や、その過程へ介入していく研究が紹介されている。真の文理融合が面白すぎる一冊を熱く紹介した。

美味しい和食での宴会後の二次会、むっちゃ盛り上がった話があったけど、ここでは紹介できないような内容なのが残念。翌日は由布院まで足を延ばした。由布院には素晴らしい旅館がたくさんあるが、なかでも玉の湯と亀の井別荘は別格だ。幸運にも玉の湯会長の溝口薫平さんのお話を聞く機会を得た。もちろん出口さんのコネである。

ひなびた温泉地にすぎなかった由布院を、亀の井別荘の中谷健太郎さんと力を合わせ人気観光地に育てあげられた。由布院らしさを維持して発展させるには、開発だけでなく観光資源保護とのバランスを上手にとらねばならなかったという。そのあたりの難しさは、帰ってから読んだ溝口さんの著書『由布院ものがたり』(中公文庫)に詳しい。その見事な手綱さばきには感心した。

正月に『魔術師と予言者─2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い』(紀伊國屋書店)を読んだ。サステイナブルな世界を維持するには、自然保護を重視すべきか、科学技術による発展が大事か、その対立を描いた大作だ。さまざまなレベルでこういった衝突は避けられないのではないか。そんなことを考えながら、必ずしも雰囲気にそぐわない店もある由布院のメインストリートをそぞろ歩きながら帰路についた。

仲野 徹 Nakano Toru
大阪市旭区生まれ。1981年阪大卒。2022年4月より阪大名誉教授。趣味は読書、僻地旅行、義太夫語り。『仲野教授の笑う門には病なし!』(ミシマ社)大好評発売中!

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