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『誰がために医師はいる』[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(362)]

No.5073 (2021年07月17日発行) P.67

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2021-07-14

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『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房)は、アディクション(嗜癖障害)治療を専門とされる松本俊彦医師による本だ。少なくとも私にとってはかなり衝撃的な内容だった。薬物依存に抱いていたイメージが大きく覆された。ほとんどの人も、読めばきっとそうなるだろう。

自伝的な語りを軸に、経験に基づいた考えが綴られていく。自ら進んだ道ではない、「左遷」かとも思えるような命令により依存症専門病院に赴任させられたことがきっかけだった。そこで出会った強面の覚せい剤依存症患者に「クスリのやめ方を教えて欲しい」と言われたことが出発点になった。

松本医師の基本的な考えは「覚せい剤というのはそんなに悪い薬物なのか」ということにつきる。「覚せい剤は幻覚や妄想を引き起こし、暴力事件を起こす。だから危険なのだ」という一般的な考えは、「薬物使用者を危険な精神病者としてゾンビやモンスターのように描く薬物乱用防止キャンペーンに、まんまと騙されている」と断定する。

にわかには信じがたいが、豊富な臨床経験に基づいた結論には納得するしかあるまい。依存性物質による個人への健康被害と社会への害については、アルコールが最悪であるという研究が紹介され、「アルコールに比べると、覚せい剤常用者は実に慎ましく、ひそやか」だと言い切る。目からウロコどころではなく、コペルニクス的転回だ。

覚せい剤所持者の逮捕(特に有名芸能人)や覚せい剤がらみの事件が大きく報じられる。また、反社会的勢力の資金源になっているという問題もある。そういったことから、覚せい剤=犯罪という考えが強く刷り込まれている。それが覚せい剤常用者に対するイメージに影響を与え、誤解と偏見を抱かされてしまっているということなのか。

薬物使用者は、刑務所服役が長く頻回になるほど再犯リスクが高まり、依存症の重症度が進行するという。服役は法的なペナルティーという意味では必要なのかもしれないが、治療という面からは逆効果だ。あくまでも「クスリのやめ方」を教え、孤立した患者を社会復帰させることが重要だと訴える。

こういった考えは、必ずしも全面的に受けいれられてはいないようだ。しかし、間違いなく「クスリ」についてのイメージがゆさぶられる。内容だけでなく文章も切れ味が抜群の一冊、読む価値は十分だ。

なかののつぶやき
「『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』というタイトルだけからは何の本かようわからんので、しばらく積ん読になってましたが、読みかけたらノンストップでした。アマゾンでの★の数もえらく高評価です」

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