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不要不急の読書が、身に沁みました。[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.90

布施田哲也 (公立丹南病院病院長)

登録日: 2021-01-04

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2019年の年末頃より中国武漢のほうでなにやらの感染症がとの報道が流れだした頃、4度目になる「カラマーゾフの兄弟」の読書を始めた。過去3回はいずれも挫折、1回目は中学、2回目は大学、3回目は「今、呼吸している同じ言葉で」古典を読むという亀山訳が出たときに読み始めたが、いずれもゾシマ長老が出てくるあたりで中断となった。

今回はNHK「100分de名著『カラマーゾフの兄弟』」を見たのがきっかけで、少しずつでもいいから毎日読むということを自分に課して亀山訳を読み進めた。大審問官のあたりが亀山訳ではよくわからず米川訳に頼った。修行のような読書になったが、途中から話のテンポも変わり最後まで読むことができた。次は原訳で読み進めているうちに、国内でもコロナの流行が進み、多くの会議、歓送迎会、出張が中止となり、仕事以外はカラマーゾフの世界にこもるようになった。

ドストエフスキーの冗長で長い文章が今の時代とは合わない感じはあるが、重層な作品構成はすばらしく、彼が天才であることがよくわかった。訳者によって本の印象は変わるもので、他の訳本にもいろいろ手を出し、ついには2020年に出た詳注版「カラマーゾフの兄弟」を買い求めた。訳者の杉里直人氏は原著以外に7種類の先行和訳本、3種類の英訳本、その他仏訳、独訳も参考にしながら最新の全訳本を刊行した。自分の興味が仕事になって形あるものになるのは素晴らしい。「カラマーゾフの兄弟」の主題は、信仰、死と復活、永遠の記憶などで、幼児期に両親と過ごしたときの幸せな記憶ほど、教育的なものはないと述べていて、そこはすごく共感できた。

2020年は医療界も大変だったが、自粛要請が出された業種、学校にいけなかった子ども達、実習が始められない学生、上京してもキャンパスにも入れない新大学生、新規採用見合わせ、派遣切り、給与・賞与カットなどなど、胸が苦しくなるようなニュースが続き、影響がなかった人はいないと思われた。不要不急なことに自粛が求められ、仕事後は読書の世界にはまりこむことで日常とのバランスを保っていった。文学の森は深く、頭の中の広さは誰もさえぎらない。人と人との距離を離す生活様式でいろいろなものが制限を受け、多くの文化活動も自粛を迫られたが、不要不急や密の生活の中にこそ人生の醍醐味があると思っている。

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