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移動する自由[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.46

矢吹 拓 (国立病院機構栃木医療センター内科医長)

登録日: 2020-12-31

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2020年は“移動する自由”について考える1年だった。人類はその歴史の中で、移動を繰り返すことで進歩発展してきた。移動によって人と人が触れ合い、社会が形成され、新たな文化が生まれていく。近年は、自動車の自動運転、リニアモーターカー開発、宇宙旅行など、移動に関連した技術革新はめざましく、移動する自由が開花した時代に私たちは生きている。この移動する権利は、「交通権」とも呼ばれ、日本国憲法第22条において、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と記されている。

翻ってコロナ禍である。コロナ時代は、この“公共の福祉に反しない限り”に抵触した時代と言えるかもしれない。多くの国で事実上、移動する自由が制限され、わが国でも緊急事態宣言が出され、人々は“移動の不自由さ”を経験したのである。この交通権の侵害を批判したのがイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベン氏だった。彼の批判には賛否両論があったが、人間が、移動も含めた基本的な権利を安易に手放すべきではない、という主張は重要である。私たち医療者は、感染拡大予防という正義を振りかざした時に、他者の権利を無自覚に奪う可能性について、今まで以上に敏感である必要があると思う。

今回のウイルスは、まさに移動することで全世界に拡がった。ウイルスは移動する。私たちも移動する。移動する自由に関する捉え方は、社会や個人によって大きく異なるかもしれない。また、物理的な移動を超えたパラダイムシフトが、オンラインやリモートの普及を促進し、新たな時代に突入するかもしれない。でも、コロナ時代の医療者として、医学的文推奨事項が患者の権利と衝突した時に、それぞれの文脈に沿った形で、その権利を最大限守りながら、ともに考え続けていきたい。移動する自由を謳歌してきた1人として、そんなことを考えている。

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