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終活[炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.83

雨森正記 ( 弓削メディカルクリニック・滋賀家庭医療学センター理事長/第10回日本プライマリ・ケア連合学会会長)

登録日: 2020-01-06

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母が亡くなって2年余りになります。母は元々生まれが京都でもあったせいか、いろいろなことにこだわりを持っていました。そして生前から、亡くなった後のことなどは書いてあるようなことは申しておりましたが、その時はほとんど聞き流していました。

亡くなってから、母の使っていたタンスの一番下の引き出しに「死装束在中」という小さな紙がセロテープで貼りつけてあったのを知りました。その引き出しには自分の死んだ後に着せてもらいたい装束がきれいにたたんで入れてありました。妻と娘がそれを着せておりましたら、突然妻が泣きながら私を呼びにきました。着物の間に母の書いておいたものが挟まれていたのです。

「一番下にお母様からいただいた留袖一式、その上に何かと息子たちの時に着用した加賀友禅の留袖、(中略)足袋は新しいと歩きにくいので洗ったのを入れました。はかせて下さい。杖を必ず入れて下さい(三途の河を渡る時こまるから)。」

「鄙びた里に嫁して四十数年、父、母、夫、子供たち、お嫁さんたち、多くの人々にたすけられ『有がとう幸せでしたと旅に出る』」

亡くなる15年も前に既に用意がしてあったということにはまったく驚愕しました。最期まで認知症もなくしっかりしておりましたが、認知症になったり、身体が弱ったりしたら書けない、用意ができないと思ったので元気なうちに用意しておいたのでしょう。また、サラサラといつものように上手な毛筆で書かれているのに、紙が新聞広告の裏紙だというのも、三途の河のことなどちょっと面白いことを書いてあるところも実に母らしく、皆で泣き笑いさせてもらいました。わが母ながら実に見事な終活だと感心しました。

私の診ている患者さんは、もうかなり長い間のお付き合いの高齢の方が多くなっています。母が亡くなってからは時々このエピソードをお話しして、なんか「終活」しといたら、とお勧めしています。時々関心を持ってくれる方もいて、もしかすると何人かはよい終活を実行してくれるのではないか、と密かに期待しています。

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