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病院の窓[エッセイ]

No.4945 (2019年02月02日発行) P.66

塚本玲三 (茅ヶ崎徳洲会病院)

登録日: 2019-02-03

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病院の窓はきわめて異質なものである。窓の外側と内側ではまったく異なる世界が存在し、風通しがきわめて悪い。情報の非対称性と簡単に一言で言えるほど単純な問題ではない。narrative-based medicine(物語式の医学)のブームをもたらした『Doctors’ Stories』の著者である米国の英文学者Kathryn M Hunter教授が、医師達の病棟回診に同行した時の感想を「意味不明の言葉を話す白いコートを着た社会的、文化的にも異なった原住民の集団の中に放り込まれた民族誌学者になった気分」と説明しているように、病院内外の相違は計り知れないほど大きい。

私が子どもの頃、家から町へ行く途中に伝染病の病院があり、窓の中には恐ろしいばい菌に侵された病人が沢山いて、病院の空気を吸うだけで病気が伝染すると思い込んでいた。したがって、その病院のそばを通る時は息をつめて走って通ったり、病院の近くの道を迂回して通ったりもした。その当時、消毒液としてクレゾールが使用されており、病院周辺の空気中にその匂いが漂っており、田舎の子どもにはクレゾールの匂いがばい菌を連想させ、大変怖かったことを覚えている。

最近でも、病院ではないが、病院に近い存在である特別養護老人ホームの建築に際して、窓のバリアーの大きさを痛感させられた。地域住民の承認を得るために建築説明会を開いた時に、私たちは少しでも入居者が快適に過ごすことができるように、自然の採光をめざして、できるだけ窓を大きくしようとした。しかし、周辺住民の意見は正反対で、「ホームの窓から入居者が外の景色を眺めていることを想像するだけでも耐えられないから窓は無しにしてほしい」と要望された。その他、「霊安室はおいて欲しくない」等々、理不尽とも思える様々な意見を投げつけられて建設計画を反故にさせられたことがある。

このように、一般市民にとっては老人ホームや病院の窓は歓迎されない物なのである。

48年前、私は米国の病院で悪夢のような厳しい卒後臨床教育を受けていた。3日に1回のほとんど眠れない多忙な夜間当直、月1回の土曜日の朝から月曜日夕方までの連続勤務、ひっきりなしに運びこまれる重症患者の治療、英語力不足、社会的・文化的な考え方の相違による他の医療者や患者とのコミュニケーション障害のため、私は毎日疲労困憊していた。24時間に10名の新入院患者を診察して治療方針を立て、病院中の各病棟から入院患者の様々な問題のためポケベルで呼びだされ、駆けつけねばならなかった。

クリスマスイブも大晦日も、当直で病院の中を走り回っていた。その修羅場の合間を縫って、ふっと窓から外を眺めると、よく整備された道路脇には大きな街路樹が列をなし、各家庭の庭にはクリスマスイルミネーションが輝いており、外見上平和そのもので落ち着いた街の風景が広がっており、「どこからこんなに大勢の重症患者が湧き出てくるのだろう?」と不思議に思ったものである。

日本へ戻ってからは、窓の内外格差を少なくするために訪問診療を行い、訪問看護ステーション、ヘルパーステーション、地域包括支援センター、通所リハビリセンターを設立し、地域に根付いた在宅医療を広め、病院のバリアーを少なくするように努めてきた。一般市民を募って「健康友の会」を設立し、倫理委員会や研修委員会などに患者にも参加してもらって意見を述べて貰ったり、市民参加の病院祭や院内コンサートを開いたり、病気の発症や悪化の予防をめざして定期的に医療講演を開催したりして、病院の窓の風通しがよい病院づくりをめざしてきた。しかし、このバリアーの解消は容易ではない。特に年末年始にかけての重傷者の増加が著しく、どこの病院も空きベッド探しに奔走し、救急患者の増加のため当直医は疲労困憊する。

12月に入ると、外来患者の血糖や血圧が次第に上昇し、正月が過ぎると改善してくる。この現象は、特に家庭の主婦に顕著で、年末年始の主婦のストレス過剰を反映しており、「年末年始主婦症候群」と名付けてもよさそうである。

特に、昨シーズンの冬はインフルエンザが大流行し、年末年始に救急室受診者が非常に多く、当直医は本当に大変であった。私たちの病院の救急室受診者の成人男女比は、女性が男性の1.5倍と圧倒的に多かった。年賀状作成、クリスマス、忘年会、大掃除、メサイアや第九の合唱祭、正月のおせち料理づくりとお客さんの接待等、年末年始は家庭の主婦にとっては超多忙な時期であり、そこに冬の寒さとインフルエンザ流行が加わるために、病気になっても不思議ではない悪条件が重なっている。

「どうしたら、この師走から新年にかけて毎年繰り返される病的社会現象を改善できるであろうか?」と、私は今日も病院の窓から町の風景を眺めて思案している。ただし、外の世界の人たちから怪しまれないように、短時間に限っている。

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