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中締め[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.102

中嶋良作 (南砺市)

登録日: 2019-01-07

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2歳時、階段から落ちて右鎖骨骨折。3歳時、夜間隣町からタクシーで運んだジフテリア抗血清で命拾い。小学校2年時、アデノイドを生で切る。走るのはいつも遅く、悩みだった。今回肩痛、膝痛、左上肢シビレ、逆流性食道炎他で、気づくとアレグラ®、ノイキノン®など内服5種、多いと10種、外用3種。時間外や往診困難と判断、昨年3月南砺市立平診療所を1年早い「普通」退職した。医師1、ナース1、他1で、全3が20年以上のレアな経緯だ。拘束がなくなり、週日の日中に出かけると風景が輝いて見える。小学生の下校の様子が珍しく、岐阜の長良川鉄道の車両走行に感激する。

小学校4年の頃、指摘されて行間に気づき、以後全力で追った。意味を言葉に優先させ、説明無き制限は遠ざけることにした。人が賢いなら世の中もっとよいのでないかと思った。中学校2年の秋、進学について思いを親に言うと、山間へき地である地元の医師渇望の思いが、学校そして父親経由で突然きた。受け入れないと、高校にやらないー。ソンナ……(!)。家出もできない。紆余曲折を経て、地元公立診療所を担うこと23年。

町村合併の後に代診派遣の提案があったが、混乱を予見して断る。長く接した公務員のバランス感覚、価値観は他山の石そのものだった。かなりの人から「長い間ご苦労様でした」と言われた。本音が飛び交う中での診療に相応の評価は頂けたはず。中学校2年から50年で着地した。

医師の素養失うべからず、とネット経由の検診・健診業務を始めた。近くなっている中京圏はじめ「表」側に前日に移動し前泊する。各地の多様な風光・風物と出会えて気持ちよい。健診業務は現場に出向く分、重いと思う。医の繊細さは同じ。ヤバイ状態にある人が割にいて、驚きつつ考えを巡らせて対応する。懇ろが質のつもりだが、住民健診で丁寧なお礼が複数返ってくると地域性を考えはじめる。スタッフでは「丁寧過ぎ」なのだとか。健診の手法の実際は模索中だ。

人口が1000人を切っている地元は限界集落の終末像が迫る。予断は許されない。

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