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恩師の質問[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.12

大島久二 (国立病院機構東京医療センター病院長)

登録日: 2019-01-01

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私の恩師は、1990年第87回日本内科学会会頭を務めた慶應義塾大学医学部教授であった故・本間光夫先生である。日本に初めて「リウマチ学」を紹介し、その発展に尽力された。

私が医学部を卒業した直後、臨床研修を行っているときであった。教授回診があり、私は大いに緊張し、しかし意気揚々と回診で自分が担当している膠原病患者の説明を行っていた。当時は紙カルテの時代であり、SLE腎症患者のベッドサイドで、「温度板」と言われる、現在のオーバービューに当たるページを開いて教授に見せていた。そのとき、本間先生は私に向かって、「なんでこの日は便が2回なのですか」という質問をされた。私は正直「なんで便が2回なのを問題にするのだろうか」とぽかっとせざるをえなかったが、何気なく回診は進んでいった。質問の意図がわからず、なんと答えればよいのか見当もつかなかった。

その後恥ずかしかったのか、直属の上司にも確認できず、時々思い出したときに、質問の意図はなんだったのか、と長く悩んでいた。残念なことに、ご本人に直接この質問の意図を確認する機会はなかった。しかし、約20年して自分が指導する立場に立ち、このように答えるのが論理的で洞察力のある医師に求められるものではないか、と推測するものができてきた。その背景は、膠原病では多くの臓器に病変が起こる可能性があり、さらに、その症状は治療薬であるステロイドにより隠されやすいため、ごくわずかな「通常でないこと」にも目を向け、アセスメントをしておく、という考え方が大切であるというものである。

質問に対する具体的な答えはともかく、医師になった直後に、単純ではあるが医師として大変重要なことをわからせてくれようとした、とまったく感服せざるをえない。私にとっては、20年も続く質問は医師人生にとっての宝物である。

その一方、近代の医学教育では短期的な達成目標など、具体化された教育課程で埋め尽くされている。働き方改革で、自己研鑽と労働の区別も求められる時代である。私としては、病棟での議論、学会での質疑を含め、長く考えられる単純な質問、是非1つでも2つでもしていきたいと思っている。

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