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むっちゃええ話[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(227)]

No.4934 (2018年11月17日発行) P.67

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2018-11-14

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4年すこし前に岩波新書『エピジェネティクス 新しい生命像をえがく』を上梓した。そのご縁で、岩波新書創刊80周年を記念した『読書・特別号 はじめての新書』に「読む、書く、薦める岩波新書」というタイトルでエッセイを寄稿させてもらった。

その文章、梅棹忠夫の『知的生産の技術』を読んだことなど、高校時代の岩波新書についての思い出から始めた。そして、すごく影響をうけたので、岩波新書の執筆時には、高校生にも読んでほしいという気持ちを込めて書いた、というように続けた。

そんな思いがあったので、高校で習う生物を理解していれば読めるような内容にしたつもりだ。なのに、大人たちから難しいと言われ続けている。しかし一度だけ、大阪有数の進学校に通う女の子に、ものすごく面白かったと言ってもらったことがある。

「大阪大学×大阪ガス アカデミクッキング」は、簡単な講義の後、その内容にちなんだ料理を実際に作ってもらう、人気イベントだ。3~4年前になるのだが、「発生学的鶏料理考」と題して、各臓器の発生についての講義と「B級グルメ鶏づくし」でモツ煮などを調理するという企画を担当した。

お話の内容はエピジェネティクスではなかったのだけれど、終わってから、賢そうな女の子が、本がとても面白かったとわざわざ言いに来てくれた。高校生からそう言ってもらえたのは一度きりということもあって、その時のことは鮮明に覚えている。

先日、予備校の医学部進学説明会にかりだされた。そこで、本の宣伝も兼ねて、そのお話をした。講演の終了後、ひとりの方が、ぜひご挨拶をしたいとやって来られた。聞けば、その女の子のお母さんだった。

覚えておられますか、と尋ねられたのだが、先のような事情である。覚えているどころではない、『はじめての新書』にもそのことを書きました、とお話をした。

先生のおかげで娘は医学部をめざすようになり、がんばっています、と、涙を流さんばかりによろこんでいただけた。とんでもない。お礼を言わなければならないのはこちらの方だ。名前も聞かなかったので、連絡のとりようもなかったのだから。

その女の子から、受験が済んだら、すでに医学生になっている姉といっしょにお伺いしてもいいですかというメールが来た。いまから春が待ち遠しくてたまらない。

なかののつぶやき
「この女の子のこと、ずっと、当時高校一年生だと思いこんでいて、『はじめての新書』でのエッセイにもそう書きました。でも、今回、記憶をしっかりたどると、中学校3年生だけれど、中高一貫校なので、すでに高校の生物を勉強したと言ってたのではなかったかと…。で、確かめたら、そうでした。それはともかく、ちょっとおおげさかもしれんけど、今回の話、生きてたらええことあるなぁ、と、しみじみ思えるほどにうれしかったです」

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