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2人の胴上げ投手

No.4684 (2014年02月01日発行) P.104

久留 聡 (国立病院機構鈴鹿病院臨床研究部)

登録日: 2014-02-01

最終更新日: 2017-09-27

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2013年8月に往年の名投手、土橋正幸氏が亡くなられた。享年77歳。死因は筋萎縮性側索硬化症(ALS)、罹患率が10万に数人といわれる神経難病である。

土橋氏の現役時代の活躍は残念ながら記録上でしか知らないが、テレビ番組の「プロ野球ニュース」の名物解説者としての印象が強い。あの独特の風貌と江戸っ子らしい気っ風のいい語り口は今も記憶に鮮明に残っている。

訃報に接したとき、10年前に亡くなったある元プロ野球選手のことを思い出した。

石川緑、中日─阪神─東映と渡り歩いたアンダースローのピッチャーである。

筆者がまだ某大学病院に勤めていた頃のことであるが、教授の総回診が終わった後、ある同僚が「先生、さっきのALSの検査入院の患者、元プロ野球の選手だそうですよ」と耳打ちした。筆者の野球好きを知っていて、親切に教えてくれたのだ。プロ野球については相当詳しいつもりでいたが、その名前には心当たりがなく「そうか、でも名前は聞いたことないけど……」と答えるしかなかった。念のため家に帰ってからプロ野球の本を調べたが、結局見つけることはできず、活躍できずに終わった無名の選手だと思い込んでいた。実は、この人物は選手時代の登録名(石川緑)と本名(入院していたときも当然この名前)が違っていた。後日たまたまインターネットで検索してこの事実を知った。阪神時代には二桁勝利をあげ、最高勝率のタイトルまで獲った好投手だったのである。現役引退後は名古屋でサラリーマン生活をされ、69歳でALSによる呼吸不全で亡くなられている。

1960年代の名投手

この2人のピッチャーがプロ野球で活躍した時期はほぼ重なっている。土橋氏は1935年生まれ、1955年に20歳でプロ入りし1967年に引退。通算162勝135敗、20勝以上のシーズンが5期あり、1961年には何と30勝をあげている。

まさに東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)の押しも押されもせぬ大エースであった。1962年にはチームを日本一に導く活躍をして、日本シリーズの胴上げ投手となりMVPを獲得している(捕手の種茂選手と2人同時受賞)。

一方の石川氏は1934年生まれで土橋氏の1歳年上になる。1954年にプロ入りし、引退は1968年。通算62勝60敗。この成績だけからみると中堅どころの投手といった感じではあるが、日本シリーズに2回出場、個人タイトルも獲得していて、何よりも1964年(東京オリンピックの年)のセ・リーグのペナントレースの胴上げ投手となっている。今流の表現を使えば“何か持っている”投手といえよう。3球団を渡り歩いているが、成績は阪神時代がピークであった。1967年に東映に移籍するが、前年に土橋が引退しているので2人がチームメートになることはなかった。1960年代前半にプロ野球の歴史に名を刻んだ2人の投手が、21世紀に入って10万人に数人といわれる難病に相次いで斃れたのである。

1962年の日本シリーズは東映フライヤーズ対阪神タイガースのカードであり、この2人が投げ合っている。

延長14回まで戦って結局引き分けに終わった第3戦で石川は阪神の3番手、土橋は東映の6番手として登板している。第5戦でも石川が3番手、土橋が3番手として投げている。52年前のこの日本シリーズに出場していた選手たちのその後の消息が気になってインターネットで調べてみた。両軍あわせて15人の投手が登板しているが、中には村山、小山、バッキー、尾崎といった錚々たるメンバーが名を連ねている。このうち6人は存命、2人が不明、残りの7人がすでに鬼籍に入っている。土橋と石川以外の5人の死因は肺癌(68歳)、直腸癌(61歳)、悪性リンパ腫(56歳)、転落死(65歳)、不明(45歳)である。2人が投げ合った第3戦に出場した野手24人のうちでは、2人がすでに亡くなっており、死因は脳出血(49歳)と肺癌(65歳)であった。

アスリートとALS

御存知のようにALSは、この病気を発症した大リーガーにちなんで別名ルー・ゲーリック病とも呼ばれる。その意味ではプロ野球と縁のある疾患といえる。残念ながらプロ野球経験者がこの疾患に罹患しやすいかどうかを調べた研究はない。

プロスポーツ全般ということであれば、イタリアプロサッカー経験者を対象とした研究があり、ALS罹患が一般人口に比して6倍高いという結果が報告されている。その理由として、
① 過剰な運動負荷、
②ヘディングなどによる頭部外傷、
③ドーピング薬物、
④グラウンドの除草剤の影響

などが考えられている。この研究におけるサッカー経験者のALS平均発症年齢は43歳と若い。ルー・ゲーリックの発症も現役時代の33歳であり37歳で死亡している。石川、土橋両氏の発症はそれぞれ60代、70代であり一般のALS発症年齢の範疇に入っている。喫煙もALSのリスクファクターとされるが、土橋氏はヘビースモーカーであった。石川氏の喫煙歴は不明である。出身は土橋氏が東京都台東区、石川氏は愛知県豊川市でありALS好発地区ではない。

ALSは今なお原因不明の難病である。最近この疾患に関する研究の進展はめざましく、TDP–43の異常蓄積やAMPA受容体のRNA編集異常など本症の病態機序に迫る成果が発表されている。稀少疾患とは言いながら、筆者の勤務する病院では30人近い本症の患者が入院しており、むしろ身近な疾患とさえ感じられる。難病に携わる一神経内科医として、50年前にファンを熱狂させた2人の胴上げ投手のALS罹患が単なる偶然であったのか、何らかの共通の要因によるものであったのかについては非常に興味をそそられる問題であり、引き続き調べていきたいと思っている。

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