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生きる負い目・死という安らぎ [エッセイ]

No.4754 (2015年06月06日発行) P.72

山本信玄 (山本内科医院)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-17

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  • 拙者は聴診器である。半世紀近く実々成先生のそばにいる。チューブはゴムの劣化で脆くなり亀裂もできたが、老体に鞭打って日々の業務にいそしんでいる。

    思えば、聴診は医療の舞台ではすっかり日陰者になった。それも、やむをえないなと思う。ウェアラブル機器が汎用され、いつでもバイタルサインが取れるようになり、常に心拍数、呼吸数、血圧、体温を記録し、何か異常があれば通報するシステムもできそうだ。どのような兆候が生命維持のリスクにつながるのかがビッグデータに蓄積されている。

    コンピュータ会社は、患者と音声でやりとりするシステムを開発中だ。患者に問診をして検査を指示し、世界中のあらゆる最先端の医学や薬品の情報を検索して、適切な診断・治療に結びつけるのである。人間の医師が診断するよりも、ロボットに任せたほうが誤診が少ないのではないか、とも言われている。

    でも、心ある人は思い出してほしい。みんな等しく貧しかった頃、小学校で「〽あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかい うれしいな」を合唱した、その講堂で身体検査があったことを。顎ひげを生やして、いかつい顔だが目元の優しい校医が、不安や希望が詰まったあなたの胸に当てた聴診器のひんやりとした象牙の感触を。心の声まで聴かれそうだったあのときの戸惑いを。見かけは頼りないが、聴診器には人と人をつなぐ偉大な能力がある。



    何年か前のことだ。生後1カ月の定期健康診断を受けて、その1週間後に急死した乳飲み子がいたそうな。子を亡くした親は、こともあろうに、健診に当たった産科医を職務に遺漏ありとして、おそれながらと御上に訴えたのである。そして、お裁きの結果、健診をした産科医に、決して少なくはない額の贖い金を差し出すようにとのお達しがあったという。大げさに言うが、これは「訴えの利益」のある訴訟なのか。

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